草舟あんとす号で開催されます『片翅の泉』展の開催まえにご店主からの問いにお答えしている企画、今回は3回目です。
①今回の展示のテーマ
②展示作品への思い
もよろしければあわせてお読みください。
ご一緒させていただく画家のyukaneさんもご自身のBLOGで展示やこの企画のことを綴られていらっしゃいます*
Q.3 物語を書こうと思った理由
今回の展示にさいしてわたしがとても意識したのは、「その展示が“どこ”でおこなわれるのか」ということでした。
準備中に話を重ねてゆくなかで、草舟あんとす号のご店主に「あなたにとって、展示とはどういうものですか」という問いかけをいただいたことがあり、それにもわたしは「“どこ”でそれをするのかということは、重要なことかもしれません」というような答えをお返ししたと思います。
重要なことというのは、どのような形式で、なにを書くのか、という点において。
その場所ですることの意味、その場所だからできること、場所と自分とが溶けあって共鳴することで生まれるもの。
わたしという人間と、草舟あんとす号という場所はそれぞれひとつの点ですが、その点と点を糸でつないで(今回の展示においては「線でむすんで」より、「糸でつないで」のほうがあっているように思います)――もちろんそこにはyukaneさんという点もあって、その点とつなぐ糸があり、そのようにして浮かびあがる「かたち」をあらわすことが、わたしの考える「展示」なのではないかと思いを深めました。
今回の展示が決まった当初からそうはっきり意識していた、というよりも、長い時間かけて準備してゆくなかで、「自分はそのように思っていたのだ」ということが鮮明になり、それによってより「なにを意図してあらわすか」がさだまったことを感じますし、それはこの展示をとおして育てていただいたもののひとつです。
結論だけさきにいえば、今回は草舟あんとす号というお店と、そのお店があるholy gardenという場が展示の舞台としてあってくれたから、「物語を書きたい」と自身のなかから湧いてくるものがありました。
holy gardenで展示をするのなら、holy gardenの「物語」を紡ぎたかった。
もう大昔のことですが、過去に物語というものを書いていたことがあります。
自分のための物語です。
それはわたしのためのものだったので、自身のなかだけで完結し、誰にも見せることなく、おおやけにすることはありませんでした。
けれども時が流れて、そのときの文章を人に読んでもらう機会があったとき、「開示したほうがいい」という助言をいただいて、一時的に公開していたことがありましたし、またその時期は現在進行形であらたな物語をやはり自分のために書いていた、書く必要を感じていた時期でもありました。
そして、その必要を感じなくなったとき、わたしは「自分のための物語」を綴るのをやめました。
それに対する気持ちを、2022年4月に別の場所で書いていたので、引用しておきます。
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もう文章を書かないんですか、という問いかけをときどき投げかけてくれるひとたちがいる。――そのような問いかけのなかでの「文章」とは「物語」のこととして。
ずいぶんと昔のことですが、自分のなかの物語をものがたるために言葉を綴っていたことがあり、貝殻の肖像、夏の鳥籠、蝶のうたた寝、空に種を蒔く、とそういうふうに題をつけて、その題に集った花びらをならべるように言葉を紡ぎ、ひとつのおおきな花とするために文章で束ねたものを過去に読んでくれたひとたちが、そういう問いかけをしてくれることがある。大昔のことなのに、ささやかに編んだあの物語たちを覚えていてくれることはとてもありがたいことだと、感謝しています。
「もう書かない」とわたし自身の気持ちとしては思ってはいないのですが、でもそれを書いていた当時といまとではあきらかに変化していることがあるのです。
それはあのころ、「この世にわたしの心にかなう美などないのだから、わたしがその美を創りだせばいい」と思い、わたしの心にかなう美を、その世界や人々を体現するためにそれを書いていた、ということ。
言葉で構築された堅固な城みたいに美を組み立て、理想をそこに映しだすことで、わたしはわたしを慰めていた。
わかりやすくいうなら、致命傷となっていたものに、いくばくかの回復と栄養をあたえるために、わたし自身のための物語を書いていた。自身を癒すための自己供給的な手段としてそれを用いていた、ということ。
自分の心にかなう美などこの現実にありはしないと思っていたから、そうしていた。
それもある意味でその当時の自身が視界に、すなわち頭と心に纏っていたひとつの膜であり殻であったのだと、いまなら思う。
現実にないのだから夢のなかでそれを築いてしまおう。贋金をつくるように精妙に、わたしの美意識で統御された夢の魔術をかけて、わたしの規律によって呼吸する“うつつ”を、この世界の裏側に出現させるために。
けれでもそれは、自分の見ていた世界が狭かったがゆえのことだった、と理解するようになった。自身の世界を拡げたら、美しい場所も美しい人たちも現実に存在することを知ったがゆえに。それも自分が綴った物語よりもわたし自身の心の美に触れるかたちで、物語よりも物語らしく。
それを理解したとき、わたしは「現実にないものを創りだすための夢」としてわたし自身に物語を紡ぐ必要性を感じなくなりました。
「自分のための書き手」、自分自身のなかの穢された美とでもいうべきものを再生させるため、涙を結晶のように見せるためのマジックに言葉を用いること、その段階は終わったのだと。
わたしのもとめていた夢のごときものは、なによりも現実のなかにあったこと。
(2022年4月16日)
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(また、おととしにも『光を言祝ぐ』という題で2022年4月16日に記した上記の文章を一部意図して引用し――そのようには記さず、自分のなかだけでそれを理解しながら――“言葉”について綴っています)
この文章を書いたとき、間違いなくholy gardenは「美しい場所も美しい人たちも現実に存在することを知った」の場所と人として、わたしの心に浮かんでいました。
あの場所をいつも「物語より物語らしい」と思ってきたこと。
だからほんとうは、その場所を言葉にして構築し、再現しなおす必要もないのかもしれない。
ただそこにあってくれるだけで、その場所は「物語」であるのだし、わたしとおなじようにholy gardenを大切に想っているひとたちのなかに、そのひとだけの「物語」があるでしょうから。
それでもわたしはやっぱり、holy gardenで展示をするのなら、わたしの目に映るその姿を言葉にしてみたい、自分とこの場所とを糸でつないで「かたち」をあらわすなら、今回は物語だ、と思ったのです。
長すぎるために割愛しましたが、上記に載せた引用には最後に「もしまた物語を書くなら、それを書く自分の動機が過去とは異なるところにあるから、そこにあらわれる世界もまた、過去とは違うものになるのだろうと思う」とありました。
このたびの『月の片翅』でそれが果たされているのかはわかりませんが、とにかくいまの自分のすべてで書いたことはたしかです。
そしてそれがどのようなものであるのかは、お読みくださるかたがそれぞれに感じていただければ嬉しく思います。
草舟あんとす号、holy gardenという場をあたえてくださったこと、しじまから語りかけてくるyukaneさんの絵を挿画としていただけたこと、この物語にとってとても幸せなことでした。












