2026/03/30

片翅の裏側で








 草舟あんとす号で開催されました『片翅の泉』展は、表には見えない裏側で起きたさまざまなエッセンスが「見えないけれどある」新月みたいに凝縮されていた展示でしたが、わたしにとってはひとつのおおきな通過儀礼というか、祝祭というか、そこに至るまでに達成する必要のあることがいくつもあり、過去にもここで綴ったことではありますが、今年のはじめに訪れた泉で蝶の器の翅が“割れて”「片翅」になったのは、そのまえの「完了」としての合図でした。


 会期中にもほんとうにいろいろなことが動き、起きて、展示の合間を縫って足を運んだ場所はどこも片翅の泉が開かれているあいだ、それが閉じたあと、そして開かれるまえに渡っても、“泉”とつながっていた場所でした。


 長い展示準備の期間におとずれた、はじまりの泉も、星の泉も、雪と桜の湖も、天の梯子がかかる橋も、竜宮のごとき海も、月の泉も、すべて。


 これでほんとうに、「つぎ」へむかうときなのだな、という実感を深くしています。


 片翅の泉のためにつくっていただいた、コナフェさんのケーキ。


 いま思うとそれは、「常盤桜」のケーキだったのだと思います。


 このケーキは展示のために寄せたものがたり、『月の片翅』に登場するケーキを意識してつくっていただいたのですが、薔薇を散らすのはむつかしいからプリムラを薔薇のはなびらに見立てて、とご提案いただいたときには知らなかったこと、「常盤桜」という桜が江戸時代の桜花譜にあると聞き、それはいまでいうプリムラの一種であること。そしてそれはわたしにとって、大切な“桜”ともつながること。


 このたびの展示でyukaneさんが描かれた「常磐」のこと。


 “すべてのための”メディスン――自身の目の届かない人や場所もふくめて、世界が穏やかでやさしくあるように、そしてわたしもそうであるように、という祈りの“メディスン” としてつくっていただいたケーキ。


 去年、おなじ時期にやはりコナフェさんにケーキをつくっていただいたことがあり、これはあるかたのお祝いのためのものだったのですけれども、同時にわたし自身の祝いでもあり、そこにもふたつの蝶が飛んでいてつながりを感じていたのですが、会期初日にいただいた双子の薔薇にそう感じたように、このケーキたちも雪と桜の姉妹のようだと。


 わたしが受けとったもの、受けとってきたもの、感じていること、感じてきたことを、そのまま正確に文章として書き起こすのはむつかしいことです。


 けれども、春分の日、そしてそのまえの新月を挟んだこの展示は、とても特別なものでした。


 今年の新月の日、3月19日は、『月の片翅』の双子、雪と桜の、新月と満月の双子の誕生日でもあったのですが、つぎに巡ってくる満月はピンクムーンと呼ばれることに、今日気づきました。


 桜の色をまとった満月、そしてそのあとのイースター。


 この展示をとおして、たくさんの恩恵をいただきました。その一部は深くに浸透して、まだわたしの意識にのぼっていないものもふくめて。


 そして、お運びくださったかた、お心寄せてくださったかたも、その“魔法”をご一緒してくださったことを知っています。


 ともに“泉”をひらく鍵の片翅ずつを渡し、また渡してくださったyukaneさんと、ずっと見守ってくださった草舟あんとす号のご店主であるえりさん、holy garden。


 準備をお手伝いくださったかた、さまざまな旅をともにしたひとたち、家族、“新月”の領域にあること。


 ようやくここまできたという気持ちとともに、わたしひとりではおそらく来れなかったところでもあることも、よくわかっています。おおきな感謝を。


 すべてのためのメディスン。


 心から。


 言葉にするのはむつかしいことなので、おそらく読んで「わかる」という文章ではないと思います。


 でも、綴っておきたいと感じました。


 そのうえでなにか共鳴してくださるかたがいるのなら、それはとても幸運で、しあわせなことです。



  (絵 yukane『常磐』)