2026/03/31
常磐
片翅の泉、余談として。
今日、草舟あんとす号のご店主から、「祭祀のような展示だった」という言葉をかけていただいて、「祭祀といわれれば、たしかに準備期間は舞を舞うための準備で、展示では舞を披露したのかもしれません」とお返事しました。
はからずも審神者の役割をしてくれていたのだろうご店主からも、鏡あわせの舞の相手であったyukaneさんからもたくさんのものを授けられて、おおきな成長の機会をいただいた展示だったと思います。
よりわたしの本質に基づく“舞”を舞うために、言葉と向きあえた時間は宝物。
いつか誰かが「舞は“まことの愛”を略したもの」なのだといっていたことを覚えていて、真実はさておき、その感性をわたしは美しいと感じました。
それぞれの領域と呼吸で、さらに自分自身の舞を舞ってゆけますようにと祈りつつ。
写真は片翅の泉からわたしのもとにやってきてくれた、yukaneさんの『常磐』
この絵のことを、つい昨日お話したあるかたが「変わらないものの意味をもつ常磐と、一瞬で散る桜をあわせもつ絵」といっていて、なるほどと感じながら、この常磐にずっとイワナガヒメを感じてきたけれど、桜としてコノハナノサクヤヒメもいてくれること。
結び目でふたつがひとつになっているから、絵のなかで“片翅”ずつの統合がおこなわれていているのだということに気づいて。
わたしがこれから自分自身の“舞”を舞ってゆくために、力となってくれる絵だと感じています。
終わってみればあっという間だった『片翅の泉』、ほんとうに得難い経験でした。
