2026/04/18

女性であること①









 文楽や歌舞伎の『本朝廿四孝』という演目に登場する八重垣姫という人物をとおして、文楽の、とりわけ歌舞伎の世界を知るようになりました。


 この八重垣姫のことは、これまで書いてきたことの繰り返しになるからここでは割愛しておくにしても、古くから受け継がれてきた“劇”のなかには、その時代の風俗や価値観が染みこまれていて、“いま”を生きるわたしたちの目からすれば、驚きという言葉では片づけられないような、不条理さを感じるものも多々あります。


 現代の健全な価値観というものに基づけば、そこであらわされる「女性の扱い」に疑問を覚える場面があることもひとつの事実。


 風俗や価値観というものが時代によって異なるものであるように、「ただしさ」も「あたりまえ」もいまとは前提が違う。そしていま「ただしくてあたりまえ」のことも、それは“いま”という前提をもとになされるものだからでしょう。


 「前提」は変わってゆくものです。


 その「前提」に惑わされず、自分自身のなかにいかに核を育めるか、ということは、いまあらためてとても大切なことであるのだとも。


 歌舞伎に『桜姫東文章』という演目がありますが、この筋書きをはじめて知ったとき、わたしは女主人公である桜姫の人生のあまりといえばあまりな境遇に痛ましい気持ちでいっぱいになりました。


 筋書きについてはここではあえて綴りませんので、ご興味ありましたらおのおので調べていただければと思いますが、「このひとはどのような因果のもと、この運命にいるのだろう」と思わず考えずにはいられないような――わたしは考えてしまった――そういう話だと思います。


 “運命”というものが、ある程度その人間の性格が加算されてつくられてゆくものであるならば、桜姫はたしかに、自分から転落していくと見ることもできる。


 それと同時に、彼女には「どうしようもなかった」のだと、わたしは無性に庇いたくもなってしまう。


 「女性であること」が家父長制な支配を受けることとイコールである時代がありました。そしていまもそれは過去のものであるとはいえないでしょう。


 歌舞伎の歴史のはじまりである江戸時代(正確には安土桃山時代というべきかもしれませんが)よりずっと遡って平安時代の終わり、平家物語にも登場する建春門院が


 「女はただ心から、ともかくもなるべき物なり。親の思ひ掟て、人のもてなすにもよらじ。我心をつつしみて、身を思ひくたさねば、おのづから身に過ぐる幸ひもある物ぞ


 (女は心がけしだいでどうにでもなるもの。親や周囲のせいではない。自分の心をしっかりもって我が身を粗末にしなければ、自然と身にあまる幸運もある)」


 といっていたといい、これはわたしの心に印象深く残っている話でもあって、そして建春門院のいわれることも、たしかにそのとおりであるとも感じます。


 けれどもそれは、「自分の心をしっかりもって我が身を粗末にしな」くていい環境にいることが「前提」であるようにも思うのです。


 桜姫がその「前提」を行使するには、あまりにも彼女の意志とは無関係なところで、“運命”は彼女に非情だった。


 『桜姫東文章』の最後に無理やりにまとめられた大団円も、「ほんとうにそれでいいのか」「彼女が負った傷を、まずは浄め、癒さなければいけない。精神的にも、肉体的にも」と感じないではいられませんでした。


 そして桜姫について想いを馳せているうちに、歌舞伎のなかにあらわされることがある女性の「痛ましさ」というのは、名もなき女性たちの(ここでは「女性」と書きますが、わたしがいいたいのは「弱い立場」にあったひとたち、自分という存在以外のものに「掟」をもたざるをえなかったひとたち)「痛み」が可視化されたもの、その象徴みたいなものであるのかもしれない、と気づきました。


 今日はひとまずここまで。このことはいくつかに区切って綴りたいと思います。






       

2026/04/17

四月大歌舞伎、十種香









 過日、歌舞伎座にて『四月大歌舞伎』を。


 お目当ては本朝廿四孝の十種香の段。


 絵姿の亡き想いびとを偲び、罪人として裁かれ正式な供養もままならないそのひとのために、自身の香道具で煙をおこし、白が昇ってゆくさきに冥福を祈る八重垣姫の後ろ姿。沈黙の背中だけで雄弁に語られるものに、胸を衝かれた。


 結果として彼女の想いびとである勝頼は生きており、この段はつぎの奥庭狐火の段につなぐ、八重垣姫のなかの“火”がおおきく燃えあがり、誰にもとめられぬ焔に育つための「煙をおこす」段でもある。


 この日は赤い服を纏って舞台に訪った。


 火の赤、八重垣姫の赤。


 つぎはいよいよ奥庭狐火の段を待ちたく、さきに十種香を鑑賞できたのも僥倖だった。


 余談だけれど、「十種香」は白檀、沈香、零陵、甘松、蘇合、薫陸、白膠、鶏舌、鬱金、青木の十の種類の香木から調合された薫物で、舞台のうえではそれが実際に焚かれるのだということで、勝頼の絵姿をまえに十種香を焚いていた八重垣姫の後ろ姿が、まぶたの裏にいまも鮮明に灼きついている。





 歌舞伎座の壁に四割菱がならんでいることに気づいたのも、演目が『本朝廿四孝』――武田にまつわるものだったからかもしれない。


 夜の部の同時演目、勇壮で繊細な『連獅子』も、おもしろうて、やがてかなしき…を体現しながらしんみりさぜず、ある種のあかるさをずっと保つ『浮かれ心中』も、とてもよかった。


 そして今日、「歌舞伎」というものをとおして自分のなかに気づきがあり、その気づきはわたしにとっておおきなものだったので、浮かんでくる言葉をととのえながらまたあらためて書きたいと思う。