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境目の宙を踏む足袋鉾の稚児
2026/02/17
鳴り響く太鼓の音
話は前後するけれど、数日まえに去年の12月くらいからずっと呼んでいただいていた、待乳山聖天さまへとうかがってきました。
そのまえに桜神宮さまにもご挨拶へ。
もう河津桜がほころんでいて、今年もこの季節がきたんだなと思いつつ背をむけて鳥居を出ようとしたとき、太鼓の音が境内から響いてきて、思わず振り返ってしまった。
11月の旅のなかで大宮八幡宮で耳にしたのとおなじ太鼓の音だった。
あのとき「これは幕が閉じる合図」という会話をご一緒したひとたちとかわしたことを覚えている。
そしてこの太鼓の音もまたそうなのだと、おなじようにそのあとうかがった待乳山聖天からお暇するときもやはり、その地をあとにするタイミングを待っていたみたいに背中から太鼓が鳴り響き、大宮八幡宮、桜神宮につづいて三度目の見計らったような和太鼓に、「これは偶然ではない」と感じざるを得なかった。
そのあとに誕生日、金環日食の新月という流れ。
このような流れのなか、おそらく無意識で「この時機にうかがう」と決めていた場所を巡ってきたこと。
桜神宮さまの河津桜。
この場所は河津桜を春のはじまりとして、そのあとも数種類の桜の花がつぎつぎと開き、すべての桜がその年の花の巡りを終えたとき、夏がやってくる。そういうサイクル。
待乳山聖天さまは、聖天さま=歓喜天をお祀りしているお寺。
歓喜天はもともとインドのガネーシャ神と同一の存在で、だからそのお姿を顕すとき二頭の象が抱きあっている姿で描かれる。
けれども「聖天(大聖歓喜天)」という名で呼ばれるとき、歓喜天は十一面観音と統合され、歓喜天と観音が抱擁するお姿で顕される。
待乳山聖天は浅草寺の観音さまとも縁深く、ここに十一面観音がいらっしゃるのもそのためなのでしょう。
(そしてわたしも浅草寺の観音さまと縁が深いから呼んでいただいたのかもしれない。わたしの育った家はいま思うとどうしてそうだったのか、子どものころ、お正月の初詣といえば浅草寺でした)
ちなみに浅草寺の観音さまは聖観音ですが、観音のご眷属が龍であり浅草寺に金龍がいらっしゃるように、この待乳山聖天にもおなじ龍がいらっしゃり、話によると待乳山聖天は浅草寺よりもさきに建立されているとのことなので、その一帯を守護されている龍なのだと感じます。
ここでは大聖歓喜天に大根をお供えする風習があり、わたしもそれに倣って。
境内にもたくさんの“大根”を見つけることができた。
そのどれもが「ふたつが抱きあう」という構図をとっており、それぞれ歓喜天と観音が抱きあい“統合”されたお姿をあらわしているのだと思いながら。
「どんな困難でも打ち砕く」というガネーシャ神と同一の歓喜天さま(大聖歓喜天)は、「どんな難題でも乗り越える」「あらゆることを叶えてくれる力をもつ」とされますが、境内にいるとたしかにすごく重い気をあらゆる方法で祓っているのをひしひしと感じ、そのひとの“難題”となっているもの、叶わないものの“根源”にあるものを動かす力、要するにとても重い石をどかすお力というものを、強く感じた。
人によってはおおきなデトックスをともなう力ではあるでしょうが、それはそれだけそのひとのなかに「動かしたほうがいいもの」がたくさんあったということで、それに気づきクリアにされるのは、とてもありがたいこと。
ところでずいぶんまえから至るところで「太田道灌」というキイワードを受けとっているのですが、ここでも思いがけずその名に出逢いました。
去年の年末から今年の年始にかけて、すこしその意味も解読されたのだけど、自分にとってそのとき必要である場所でまたその名に出逢うのだろうという予感を覚えつつ。
新月、金環日食まえの花々
おともだちの梅の木。
夜道を歩いているとふんわりと甘い香りが漂ってきて、はっとしながら足をとめるとき、この木が花をつけたのだと気づき春の訪れが近づいていることを感じる。
そんなふうにしていつも、わたしの春は予兆され、はじまる。
家のそばの道にあるこの梅の木が大好きで、花が咲いていないときでも薄闇のなかに佇んでいるのを見かけると挨拶をする。
梅は夜のなかでも香りで存在を知らせてくれる花。
気品と清廉。
今年も花をつけてくれていたけれど、香りはこれから高まり満ちてゆく気配。
あの空から降りてきたような(だから吸い込むと昇っていくような)香りが待ち遠しい。
今夜の金環日食をともなう新月が、水瓶座29度のサビアンシンボル「さなぎから出てくる蝶」で起きると知り、とても感じるものがある。
その“羽ばたき”が象徴するのは、たしかに風のエレメント。
蛹というひとつの殻を破って脱皮し、あらたに生まれ変わる革命、解放、自由をつかさどるのはアクエリアスの力。
昔からサビアンシンボルの29度は「涙の度数」といわれるけれど、それはふたつの世界の狭間で葛藤を抱くから。
蛹と蝶の、蕾と花のあいだ。
新月の羽化。
花ひらくとき、つぎなる世界へむかうために、置いてゆくと決めたもの。
“蝶”はずっとわたしの大事な主題。
そして水瓶座でもあるわたしには、おなじく重要な新月。
「蛹からの脱皮」を暗示する新月のなかに、変容をうながす「日食」が内包されて、それはすごくおおきな力。
近くの天満宮さまにむかう道に咲く梅の花。
この梅をはじめて目にしたときは河津桜か桃の花なのかと思ったくらい、きれいなピンク。
堂々とした枝ぶりで、それは天からの梯子みたいに無数にひろがりをもち、花の祝福を届けてくれる。
この世のものとは思えない風景。
2026/02/16
翡翠原石館
翡翠原石館へ。
年末からの目まぐるしさがすこし落ち着いてきたので、去年のいまごろからずっとうかがいたかった場所に、1年越しにようやく。
「月光浴」とは、月のきよらかな光を浴びることで心身もまた鎮静される、安らぎを自身のなかに迎え入れるひとときのことを示すけれど、石と月には根源をおなじにするような静けさがあり、石を眺めることで自分のなかに訪れる沈黙の束の間を、いつからか「水晶浴」と呼んでいる。
だから水晶浴ならぬ、翡翠浴の日だった。
翡翠の女神ヌナカワヒメと使わしめであるカワセミのモザイク壁画は、すべてその石からつくられたもの。
「ひとりの女性が美しくありながら賢くもあるということを、ひと目見てわかるように顕すのはむつかしい」というようなことを館長がおっしゃっていた。
賢し女(さかしめ)麗し女(くわしめ)の女神。
この場所はもともと、父が縁のある場所であり、教えてもらった。
神話に興味のないかれはヌナカワヒメという女神のことも知らないので、この壁画を日本の聖母マリアかなにかだと思ったらしい。
けれどもそれも完全な的外れとはいえなくて、“聖なる母”というところが通じているし、ヌナカワヒメは日本の“聖母”ともいえるおひとりではあるから、むしろ鋭いのかもしれない。
そしてなぜ父が“聖母”を感じたのかといえば、そこに美しさと賢さを同時に内在するものを視たからなのではないだろうかと。
“慈愛”というのは、そのふたつが共存してはじめて外にもあらわれるものであるように感じる。
「見てください、石の上に黒豹がいるでしょう」と教えてもらい足もとの翡翠に目をやれば、たしかにそこには黒き獣の気高きかたち。女神がカワセミにむける慈愛の眼差しのごとき視線のありかたを、数々のエピソードからも教えていただき、石のかたちをいかすことにまつわるお話も印象に残った。
翡翠からつくられた不動明王尊。火を背負いながら下には水があるのだと、館長の言葉。
展示室に飾られてあった万葉集から。
「渟名河の 底なる玉 求めて 得まし玉かも 拾ひて 得まし玉かも 惜しき君が 老ゆらく惜しも」
「天橋も 長くもがも 高山も 高くもがも 月夜見の 持てるをち水 い取り来て 君に奉りて をち得てしかも」
ヌナカワヒメを歌ったといわれる“底なる玉”と、ツクヨミの“変若水”の歌、それぞれは知っていたけれど、ふたつの歌がつながりをもつ反歌であると考えたことがなかった。いわれてみれば「“あなた”の在りし日の美しさ」を偲ぶという共通のテーマがある。
美しさとはなにかと思うとき、“あなた”の色が衰えることの侘しさを歌い、それを狭める姿勢に疑問は残るけど(古今で小町が自分自身の“色”を歌ったのとはまた話が違う)、あの歌とこの歌がつながっていることを知れたのは嬉しいこと。石をとおしてたくさんの示唆をいただいたひとときだった。
翡翠の浴槽。ここで水浴びをすれば、ほんとうに“翡翠浴”かもしれない、などと思いつつ。
2号館はいまおやすみ中とのことだけど、壁にカワセミの姿が見られる瀟洒な建物にとてもときめいた。今回滞在した1号館はもともと敷地内の桜の樹が切られてしまうことを館長が知り、保護する目的で購われた場所だとか。
その桜の花が咲くころに、できればまた訪いたい。
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