2026/10/31

10月の一斉遠隔Healingのご報告








 10月にLuna Somniumのセッションをお受けになられたかたへの、月末の一斉遠隔ヒーリング、無事に完了しております。


 今回はやはり、“混沌”から身を置くため、“そこ”から距離を保って観測し、自分自身、周囲のものごと、世のなか全体の動きを俯瞰でとらえるからこそ見えて(視えて)くるもの、


 そのために「呑み込まれない」こと、自身の内部を清潔に保ち、みずからのなかの“混沌”こそを整理してゆくことは、


 きわめて大切なことで、


 今回のエネルギーヒーリングは、そのために必要なことに、おおきなアプローチがあったようです。


 なぜ外側にあらわれる“怒り”を感じる物事に、衝動的な反応としての怒りをぶつけること、そこに油をそそぐことを避けるようもとめられているかといえば、


 それはひとつの火を業火にしてしまうありかただからです。


 そしてその“業火”は、わたしたちの住む家、地域、国、地球、そこからふたたびわたしたち自身へと、すべてはつながっていきます。


 自身のなかに怒りが立ちあがるとき、誰かの怒りに共鳴するとき、そこでどのような言葉が使われているか、注意してください。


 怒りを感じてもいいのです。


 自分のなかの火を青い炎として俯瞰するありかたは、しっかりと浄化やクリアリングがなされていてこそ、「そのようにあれる」ありかたでもあるため、


 そうでないときに無理にそのようにすれば、かえって自分自身に封をして、“自然”からは遠ざかることがあるでしょうから。


 そして“封”をしている、ということも気づかず、奥深くに本心を沈めていることが大多数であるならば、


 “混沌”であれ自分自身の内部に目をむけ、それを知ってあげることは、みずからの心に沿って生きるためには、とても大事なことです。


 ただ、「呑み込まれすぎないように」――それは“ドラマ”だからです。


 自分自身の人生に“ドラマ”をつくりだしているのは、やはり、自分自身でしかない。


 そのことはわたしも、ここ数年で芯から理解しました。


 上記に綴りました領域で、それぞれに必要な部分のヒーリング、クリアリングが今回はあったとのことです。


 深い浄化でもあったので、デトックス反応なども、もしかしたらあるかもしれません。


 お水をたくさんいただき、数日ご様子を見られてみてください。


 それから、今日はわたしの祖母の祥月命日でもあり、一斉遠隔の日付が決まってから、ずっとそれを意識していました。


 それに呼応して、今回お受けくださったかたの、家系、先祖から受け継いだもので、いまのご自身に沿わないもの、妨げになっているものを、


 いまの段階でクリアにできるものにアプローチもあったとのことでした。


 今回は以上になります。


 10月もありがとうございました*


 あなたがいつも、あなたでありますように。


 ***





 写真は10月の旅のまえにうかがった、成田山新勝寺にて。


 このことも書きたいと思いつつ、すでに10月も終わりに近づいているので、写真だけでもと、ここに。


 不動明王とは深い縁があり、その縁のためにここにも訪れたようでした。


 10月のはじめにこの場所にうかがったことは、10月という月がもつ揺らぎからの守護をいただいたように思います。


 そういうつもりとしてうかがったわけではなかったのですが、終わってみれば物事はいつも、ほんとうにうまく、よくできていると感じることばかり。


 感謝とともに、みなさまにもお福わけを。










10月の一斉遠隔ヒーリングのお知らせ











 10月にLuna Somniumの有償セッションをお受けになられたかた、お受けになられるかたへ


 感謝の気持とともに今月も月末の一斉遠隔ヒーリングをお送りいたします。 >


 本日、10月31日

 20時から30分間


 今回の一斉遠隔は、サウィンの夜にお届けすることになります。


 この日は、此岸と彼岸、こちらとあちらの境目が曖昧になりやすきときと古くよりつたえられていますが、


 実は10月はひと月に渡ってそのような傾向があると感じていて、


 10月31日は、その最後の扉のごときものを示してもいます ("扉"そのものは昨日ひらいたようなのですが、今日からそれが本格化されてゆく、ということなのでしょう)


 だからいま、

「煽動されないこと」

「煽動しないこと」

「そのために自分の奥底にあるものを、いまの段階において見つめれるものを見つめ、受けいれてあげること」


 つまりは、


 「自分とのつながりを深めること」


 がとても大切な時期に入ってきています。


 以前から大切であったことが、ますます重要になってきている、といいかえることもできます。


 怒りを感じたとき、そのみずからの火に油をそそいで業火にするありかたではなく、


 理性の眼差しによって青い炎が灯されたところに、混沌や混乱の鎮静はあります。


 いま内部に混沌を感じることがあるなら、その体験は、これまでのパターンを終わらせ、あたらしいサイクルを迎え入れるのに必要でもある“炙り出し”ともいえます。


 それは自分のなかの“火”を青い炎としてゆくためのもの。


 このように綴っているということは、今回のエネルギーヒーリングはそのようなものになるのでしょうし、


 10月の旅において受けとってきたものを、縁のあるかたへとお渡しする場にもなるのだろうと思います。


 該当されるかたには、あらためて個別にご連絡いたしますので、ご参加されるかたはどうぞよろしくお願いいたします***






2026/10/30

くるはらきみ個展『 聖なる歌と子ども 』 at silent_music










 絵から絵へと対峙しながら、ゆっくりと空間をめぐるのは、ひとつの巡礼に似て、


 絵のむこうで歌われる、かれらの聖なる調べに想いを馳せた。


 澄んだ水とおなじ響き、星の記憶が秘められた音。


 無垢なる者たちだけが知っている歌。


 たくさんの"歌"を聴かせていただいた日。そしてそれはどれも「無垢なる者たちの歌」


 絵やお人形のしじまの彼方から。





 展示後に開かれた聖テレーズ合唱団の演奏会で聴かせていただいた“音”も、そのひとつ。 >


 より開かれ、より高らかに。


 これまで何度か聖テレーズ合唱団のかたがたの歌を聴かせていただく機会に恵まれ、


 以前に拝聴したときも素晴らしかったのですが、さらに研ぎ澄まされて“中心”から放たれる音、それが歌となったものに心を傾け澄ますひとときは、歌にみちびかれ、光の梯子を昇るような心地へといざなってくれました。


 そこには、まことの愛を貫くための凛とした強さを宿す、研ぎ澄まされた清らかさがあり、


 高らかに昇ってゆく歌と、その歌をある方向へと導き案内するピアノの音とともに、音によって開かれた場所に浮遊していたこと、夢よりも夢みたいなひとときでした。