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境目の宙を踏む足袋鉾の稚児
2026/07/12
維持する力
あらためまして先日は、星合ヒーリングにご参加くださりありがとうございました*
またタイミングなどあり、今回はご参加されなかったかたでお気にかけてくださったかたがたにもお礼申しあげます。
お気づきになられたかたもいらっしゃると思いますが、今回このように条件なくご希望くださったすべてのかたに無償で遠隔一斉ヒーリングを実地するのははじめてのことでした。
(日ごろこのような機会をわたしの遠隔ヒーリングで設ける場合は、「ある特定の期間に有償セッションを受けられたかた」という条件を優先してきました。その理由はいろいろありますが、長くなりますのでここでは割愛、省略します)
そして毎月月末に「その月にセッションを受けられたかた」にむけて一斉遠隔を実地していますけれども、その理由をこれまであまりオープンには説明してきませんでした。
今回なぜこのような機会を設けたのかを説明するにあたって、毎月月末の一斉遠隔をおこなっている理由をさきに説明したほうがいいと思いますので、簡単に記しますと、それは「維持する力」を養ってもらいたいという気持ちからはじめたことでした。
たとえばセッションでエネルギーのヒーリングやクリアリングをして、回復や手放し、拡大や移行、調和、解放など、生じること、その大小は個人の段階や状態、準備できているものによってさまざまですし、
それは自然におこなわれてゆくことなので(向きあう必要のあるものがあるかたは、そのための時間と出来事が訪れることがあるので、“自然に”とはいえないかもしれませんが)、自分では変化が感じられなかったとしても、長くセッションをとおしておつきあいのあるかたがたが自分自身の本質に還ってゆかれていることを知っていますし、
ご自分で変化を感じていらっしゃるかたも、ご自身で思われている以上に深い部分からの変容を遂げられてきました。
わたし自身もまだまだ変化変容の旅の途中ですし、こういうことは自分で区切りをつけないかぎり「終わり」はないのだなということも実感しています。
そしてそのことに、わくわくしてもいます*
エネルギーが変化する(自分自身の本質のエネルギーに還ってゆくといったほうがただしい表現ですが)ごとに、自分も“現実”も目まぐるしく変わっていったこと、これからも変わっていくこと、それは“ずれ”を修正していき、自身の本質に沿ったものへと戻してくれている働きであることを、すでに深く理解しているからです。
わたしがそれを経験をとおして知ったように、エネルギーの変化が時差をはさんで現実に反映されることを、実感としてご理解されているかたも多くいらっしゃると思います。
自分のエネルギーの状態がどのようなものであるかが、現実に“あらわれている”ことを。
そのうえでセッションから日常に戻るとき、そこにある「慣れた」古いエネルギーに引き戻されて(「慣れている」自分の思考、環境、人間関係のなかにあるエネルギー)、引き上げたエネルギーがそのままの状態で定着しないことがあると、これもまた自分自身の経験による事実からわたしは知っていて、
そのためエネルギーを高めることはもちろんとても大事なことですが、それを「維持すること」もおなじくらいに大切なことであるとつねづね思ってきたため、セッションをお受けになられた月に、もう一度日常のなかで「自身の内側を感じる」「自分と繋がる」時間と空間を設けることで、「維持する力」を強めるために一斉遠隔ヒーリングの機会をつくってきました。
やはり“外側”の影響をわたしたちは大なり小なり受けているので、ここ数年に渡る世のなかの混沌、重いものを動かすときにそれまで隠れ、潜伏していたものが目に見える現象としてあらわれるカオスに知らないうちに影響を受け、そこから発生する事件があることも見てとれる昨今、より「自分の中心とつながること」「自身を保つこと」「そしてそれを維持すること」が重要であると感じます。
“内側”が整ってくると、“外側”にあらわれる現実も変わってくるように、そこに混沌があっても、影響は最小限にとどめることができる。
今回、ご希望くださったかたすべてに一斉遠隔ヒーリングの機会を設けたのは、「エネルギーを高めること、保つこと、維持すること」の重要性を、ここ最近の流れからとくに感じるものがあったから、そしてわたし自身も施術者としての自分の成長と、それだけエネルギーが研ぎ澄まされたこと、開いたことを感じ、機が熟したことを受けとったからでした。
ご参加いただいたかたでメッセージに
「ともすれば息継ぎさえままならないような流れの中、由芽さんに導かれて美しいエネルギーに触れられること、安心だと感じられること、とてもありがたく、うれしいことだと感じました」
と綴ってくださったかたがいて、そのかたはわたしの意図を汲みとってくださったのだと思います。
おつたえしておりましたように、いつまでできるかはわかりませんが、来月以降もこのように無償遠隔ヒーリングの場を設けたいと思っており、7月、8月、9月とおなじ数日がならぶ日にとくるので、つぎは8月8日の一斉遠隔ヒーリングを予定しています。
ひと月以内にセッションをお受けになられたかたは、よりそのかたの軸が強化され守られるように、そうでないかたにも充分なものをお届けできると思います。
直前になりましたら、今回ご参加いただいたかたにはあらためてDMからご案内差しあげるつもりですが、今回はご縁がなかったかたも、ぜひまたの機会にご参加くだされば嬉しく思います*
最後になりますが、あれからまた星合ヒーリングに嬉しいご感想をいただきましたので、一部許可を得ましてシェアさせていただきます°˖✧
*
受け取ったものがあまりに広く深く、言葉にならない感動があり、感想が遅くなってしまいました。
ヒーリング中、紺色の天幕にまさに川のように流れる星々、清められた闇の深さ、あらゆるくくりを超越したような澄んだ心地よいエネルギー、空間、イメージがあって、すごく心地よかったです😊
その感覚やイメージは今も続いていて、胸を中心に宇宙が広がっているみたいです。
こんな素晴らしい体験をさせていただき、本当にありがとうございました🌟
*
わたしのほうこそ、ありがとうございました*
日ごろ、いただいたご感想などはあまりシェアしてこなかったのですけれども、今回は自分としても記念となる機会であること、おもてに出すことで循環するものもあると受けとったので、そのようにいたしました。
「自分に関わるもの、関わらないものふくめてすべてが影響しあっているこの世界に存在するものがしあわせであるように。そしてその世界をとおして、わたしもしあわせであるように」――わたしのおおきな祈りのひとつです。
感謝とともに。
2026/07/08
星合ヒーリングにご感想をいただきました*
七夕の夜に実地いたしました星合ヒーリングにとても愛のこもった素敵なご感想をいただきましたので、許可を得まして一部抜粋、掲載させていただきます*
*
昨晩は遠隔ヒーリングを
送っていただいて
ありがとうございました
受け取らせていただいて
圧倒的な体感があり
しばらく横になっていたほどでした
天の川銀河のエネルギーなんだ…
と勝手に声が出て
えっ?
そうなの?
ってそれを聞いて
自分でびっくりしたりして
とても素晴らしい経験でした
とても
ピュアでコアなエネルギー
受け取らせていただけて
本当に感謝しています
あの精度のものを
無償で行う…
大元の
源の
愛としか言いようがなく
感動していました
あの空間、時間
大きな愛の循環が起こっていたと思います
本当にありがとうございました
すごくパワフルで繊細で
純度の高いエネルギーでした
受け取らせていただけて
本当によかったです
*
このメッセージをシェアしてくださったかたは、わたしがまだエネルギーというものをまったく感じることもなく、
それがどのような影響を自分自身の“内”にも“外”にもおよぼしているか理解していなかったころよりお世話になり、
「エネルギーを扱う」ということの学びのはじまりにいてくれたかた、たくさんの示唆をあたえてくれたかたでした。
それだけに感慨深く、
日ごろわたしがセッションで施術させていただく機会のあるかたは、エネルギーの体感を感じないかたが多く(あたりまえの前提ですが、それが良いとか悪いとかではなく)、
自分では自分のエネルギーがどんどん変化している(ひと月まえでさえもう遠いくらいに)、
研ぎ澄まされ削ぎ落されていっている、
本質に還っていっているということは理解しつつ、
“外”からそのような言葉を“答え”としていただくのは、ほとんどはじめてのことでした。
わたし自身もヴィジョンにあらわれた青い星のきらめきを天の川だと受けとったので、それを共有してくださったこともとても嬉しいことでした。
「これでいいのだ」と、あらためて自分に再確認できましたこと、心から感謝です*
ご感想のシェアに関しましても
*
もちろん感想をシェアしてくださいね
それがまた
良い循環を生む事はわたしの願いでもあります
素晴らしい行いが
この世界に拡げる
愛を感じて
胸がいっぱいになります
*
とご返信いただき、愛の循環、“答えあわせ”という、わたしのほうがプレゼントをいただいたような気持ちです。
あたたかいお気持ちとお心を、ありがとうございました°˖✧
『月の片翅をよむ 夏の回』朗読教室 7月5日
四季を巡る大勢待なつみさんの朗読教室、『月の片翅をよむ』の夏の回 、草舟あんとす号にて
「では薔薇は?
薔薇の花はどんな秘密をその渦のなかに隠しているのだろう。」
からはじまる文章を読みました。
“森”のなかに入ってゆく場面を、holy gardenの緑がもっとも濃く繁る季節に。
発声をはじめた途端にささやかに降りだした雨は、“森”の奥深くへと進むほどにはげしくなって、終わりの合図のころに突然やんだ。
「まるで退行してゆくよう」だといっていた誰かの声。
淹れていただいたホーリーバジルのお茶を飲みながら声を放ち、言葉をかわしあうひとときは、
一時的に外界から隔てられた“森”のなか、あるいは泉の水の底を映す“舟”のなかで、自分自身のこだまに心澄ます時間でした。
*
蛇足としての余談のようなもの
『月の片翅』を書くとき、今回の朗読教室で読んだ場面の言葉をおろしてゆくことはとても苦しかったことで、この部分を“読む”のだということになったとき、胸が塞がれるような、呼吸がしづらいような気持ちになり、それはこの場面を記すことが、わたしにとってクノッソスの迷宮のごとき“森”のなかに入ってゆくようなことであったこと、おそらく“声”をとおして文字を“読む”ことで、それをふたたび体験することを知っていたからでした。
漠然と心に靄がかかるとき、自分のなかの“森”が騒めいている。
またひとつ、さらに“奥”へと進むようにもとめてくる。
入口と出口がおなじ場所にある、誰のなかにも存在する迷宮のごとき“森”
――「まるで退行してゆくよう」
声という音にしてみずからの“外”に言葉を放つことによって、その音を、その言葉を自分自身にも聴かせることは、二重の意味をもつ“まじない”のようなものでもあるのだな、と昨日は感じた。
家に帰った途端にとても眠くなって寝床に籠り、長い時間意識から離れる必要があったのも、その“森”の道を、しるべを辿りながら歩いてゆく“つづき”が無意識のなかではおこなわれていたのだろうと。
とても貴重で、重要なことでした。
それは「より呼吸を深くするために」「さらに澄んだすがすがしい風が胸のなかを通るために」起こること、いつだって。
自身からうながされ、“森”の奥へと進み、その景色と対峙して自分のものとするたびに、
奥へ奥へと進み、みずからを研ぎ澄ませてゆくたびに。
次回のお教室は秋も深まるころの、10月25日(日)を予定されているそうです*
またふたたびの“巡り”を楽しみに。
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