Record
境目の宙を踏む足袋鉾の稚児
2026/09/25
青梅散策
まだ熊野の旅のことも記録として書き起こしている途中であるけれど、
帰ってきてからまたつぎの流れに入った、あるいは「ここまでが熊野の(秋のひとつめの)旅だったのではないか」と感じることの連続だった先日の青梅でのこと、
ひとまずさきに残しておこうと思い、しばしのブレイク。
青梅の巫女と待ちあわせの店をあとにして、案内されるまま目的もなく歩いていた道中、彼女と話しているとシンクロニシティの連続で、導かれるまま、そんなつもりはまったくなかったのに、またしても辿りついてしまった「日月星」「北斗七星」「北極星」「妙見」「玄武」といったキイワード。
去年から、そのキイワードになにかあるのだなと思いつつ、時機がきたら自然にわかるのだろうと遊ばせてもいるそれ。
熊野でウミガメを見る機会があり、浦島太郎がその背に乗れそうなほどおおきなウミガメを見つめながら、なぜこの旅でこの亀と出逢ったのだろうと思っていたけれど、
青梅で案内された神社の裏手に鎮座していた“玄武”の姿と、そのウミガメが重なった。
見えない糸と糸が、こんなふうにつながっている。
偶然に思えるものはすべて偶然ではなく、その糸が繰るままにまかせることで、あるべき場所に辿りつき、であうべき人と出逢う。
なぜなら「その糸が繰るままにまかせる」というのは、自分のエネルギーを研ぎ澄ませてゆくことでしかできないことだから。
余剰なエネルギーがあるとき、人は“自然”ではいられない。
「流れにまかせる」と「自然である」というのはおなじこと。
わたしもみずからの“糸”の方向に迷わず進めるよう、さらにエネルギーをクリアにしてゆく必要がある。
さまざまなことがあまりに速く通りすぎてゆくので、記録を残すいとまもないように感じられるけれど、なるべく残していきたい。
そして青梅のこと。
その土地と親しく、深い知恵をもつ彼女に案内されなければ辿りつけなかった場所だった。感謝を。
その日なすべきことをなしたあと、彼女に秋桜が群生する川べりの傍らにあるカフェに連れて行ってもらった。
葡萄のケーキやバラの実からつくられた飲み物はやさしい味。
赤のmagicにかけられて、気持ちは華やぎ、話はどこまでもつきず。
2026/09/24
フランスガム個展『Mon Chat』 at salon de SERAPHIM
瀟洒な建物の典雅な内装に溶けこんで、思いおもいに遊んでいた猫たち。
並べられた本を手にとり物語を紐解けば、よりその猫たちと親しくなれた。
話のなかに登場した帽子屋さんの帽子がおさめられる箱に描かれていそうな、かわいい装丁の本をお迎え。
青梅は“猫町”でもあるのだと、ご一緒したかたに教えてもらい、
「Mon Chat」のあと案内していただいた街角に、さまざまな「猫」にまつわるお店を発見できたのも、展示のつづきのようだった。
“猫町”の猫たちがうつくしい館に集う展示、26日まで。
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