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境目の宙を踏む足袋鉾の稚児
2026/05/20
人身御供の回避、言葉による霊的な意図
去年出逢ったばかりのひとだけれど、すこしお話しただけでお互いにすごく共通するテーマをもって生きてきたことがわかり、思いがけずあまり人にいってこなかったようなことをいってしまう相手がいて、彼女のことをまだ「友人」と呼ぶには図々しいかなと思いつつ、おなじテーマをもっているひとというのはとても縁のある相手であると思うから、これからも親しみを重ねていければと思っているのだけど、
彼女は『月の片翅』を読んでくださっていて、そこに彼女自身のテーマでもあるもの、双子、新月と満月、蝶、鏡、泉といったものを見つけ、ご自身と連動するものを感じるという話になって、わたしのテーマのひとつに昔から「少女と乙女」があり、彼女もまたその主題をもっていて、彼女と出逢ってから、過去のものになりつつあるそのテーマがわたしのなかで再燃するのを感じてもいる。
『片翅の泉』の展示に、過去のわたしが“少女”と呼び、わたしを“乙女”と呼んでくれた女の子がきてくれたのも、そのつながりのひとつ。
(もっともあの子はわたしのなかでこれからもずっと“少女”であり、わたしもあの子のなかでは“乙女”であるのだろうけれど)
おなじテーマをもつそのひとと先日お話しながら、新月と満月は少女と乙女であるのかもしれないなと自分のなかに感じるものがあった。
そのひとにお話したことが、そのひとという鏡をとおしてあらためて自身に反射する言葉でもあったから、ここに一部残しておこうと思った。
(下記は彼女に宛てたメッセージに加筆修正して、わたし自身のことにだけフォーカスし、そのために補足しておく必要があると感じる文章を書き加えてあります)
***
もうずいぶんまえになるのですが、自分のために物語を書いていたときがあり、そのなかのひとつに『蝶のうたた寝』という話があって。
その当時のわたしはすごく“閉じて”いて、話も必然的にそういう方向性になり、でもいまなら、そのとき、『蝶のうたた寝』では書けなかったものが書けるかもしれない、書けるだろうと『月の片翅』を書くことにしたんです。
『蝶のうたた寝』は男女の双子の話で、幼いころに彼岸へと旅立った相手と夢で逢う、そして現実で生きることを選び、夢のおわりに少女時代を終わらせる、みたいな感じで『月の片翅』とも骨格としてはおなじ構造をもっていて。『月の片翅』の内容や文章自体はもちろん、片翅の泉のために書き下ろしたものですが。
もともとわたしのテーマでもあるんでしょうね。『蝶のうたた寝』のほうは実話とまではいかないものの、自分自身のエピソードをすこしまじえた話でもあったのですが、『月の片翅』がその進化形的なものであるなら、片翅の泉以降、あの話がわたしの自伝だと思っていらっしゃるかたが多数いらっしゃるらしく、あなたもあれを読んでいると言葉がわたしの声として再生されるといってくださって、それだけ自分のなかの“泉”に深く潜り込んで書いたものであったのかもしれませんね。
そして縁のあるかたがそれを拾って、受けとってくださっているのだと。“泉”の底でつながっているものを。
そのとき、“わたし”の物語は、“あなた”の物語にもなる。
今回は女の子の双子の話で、『蝶のうたた寝』とはその点あきらかに違うところがあるのですけれども。
昔書いた話は少女の成女式というか――成女となるための通過儀礼的な昔話、『うりこひめ』とか『猿の婿入り』とか、いまではマイナーになっているそういった昔話と成女式、人身御供をからめた民俗学の本を大昔に読んだことがあって、それがすごく自分のなかでぴんときて、そのモチーフ、テーマをもとにしたものを綴ってみたいと思ったのが、おそらくわたしが物語というものを書いたはじめでした。
「人身御供になるさだめの少女が自分を生贄にするはずだったはずの神の“神殺し”を決意し、それがなされたとき、現実に生還し、そうしたプロセスのもとではじめて“女”となって“幸せ”に生きることができる」という構造が成女式の物語、昔話にはあり、自分のなかにそのテーマを必要としていて、自身の「物語をものがたる」ためにこそ、そのテーマをモチーフに書いていた。
だから『蝶のうたた寝』のとき、語り手の少女に対応する相手、いわば“神殺し”の相手は少女の双子の弟――少年だったのですが、『月の片翅』はそのテーマをすこし進めて、自分と自分、新月(陰)と満月(陽)の統合的なことが書きたかったのだと。
書いているときはほとんど無意識で、自分で文章をコントロールすることもできないので(おりてくるままに流れにまかせて書くから)、いまにして思うとですが。
***
この神(ここでいう“神”とはほとんどの場合“邪神”としての神であり、それは“魔”であるともいえる。そして“魔”は人間を甘く惑わす。その「惑わし」のほうが真実であるかのように)の人身御供となるはずだった少女が“犠牲”を回避するために“神殺し”をして現実に帰還する、そして“少女”は“女”となる、というテーマは、これもいまにして思えば、わたしのこの人生におけるおおきなテーマであったことがわかる。
だから自分のためにその物語を書き、自分自身に語って聞かせて、ひとつの“柱”をつくり、みずからに“預言”していたのだろう。そのためにわたしは過去に『夏の鳥籠』を書き、『蝶のうたた寝』を書いた。
自分では知らない自分、自分では意識していなかった奥深くにある自分は、とっくにそれを知っていて(“それ”にかぎらずなんでも知っていて)、だから言葉はわたしの意志をこえたところから、いつもやってくるのだと。
『蝶のうたた寝』を書いたとき、とても不思議なこと、物語がわたし自身の現実と融合して立ちあらわれるような、神秘的な出来事があった。
そして今回の『月の片翅』もあのときとおなじようなことが起こっている。
「月の片翅は預言書のよう」だといってくださったかたもいた。
きっとそのとおりなのだ。わたしにとって過去に綴った物語が現在につながる、ここ数年の自身の“預言”であったみたいに、そういってくださったかたのなにかに触れ、示唆されたものがあったのだと思う。
きっと読んでくださるかたはそれぞれわたしとも縁のあるかたなので、そのつながりによって受けとってくださっているものもあるのだろうと、展示から2か月が過ぎたけれど、ありがたいことに先日またご感想を聞かせてくださったかたのお話から、感じるものがあった。
わたしの祈りのなかに、わたし自身もそうだけど、縁のあるかたを「人身御供」としない、というものがあるのだと気づいた。そのためにそれぞれが陰と陽を統合する必要もあるのだと。
「読む」ことによってそうなってゆくように。これまで書いた本や物語は、みんなそのための意図をもっていると。
それぞれの無意識のなかに、その「意図」を言葉によって置く。そして結び目をつくる。
言葉というものに宿した霊的な意図も、それによって読み手のなかに流れるエネルギーも無数にあるけれど、「人身御供の回避」はわたしのもっともおおきな意図であることを、物語というものをはじめて書いたときから知っていた。
その「知っていた」ということを再認識、再確認するここ最近の流れ。
我ながらまとまらない文章、そしてぴんとこないかたにはどこまでもぴんとこない話だとは思うけれども、わかってくれるかたがわかってくださればそれでいいのだと、おおやけにするために書きはじめたこの言葉は、いまのわたしのためにも書いたものであるのだと思う。
「今世では“人身御供”にならない」
――とにかくそれがわたしの今世のもっとも優先されるおおきなミッションだったらしく、そのために生まれたときから幼少期、そのあとのさまざま、ここ数年に至るみち、すべてのことがその難題をクリアにすることをいちばんの目的としてあったことなのだと、おなかの底から納得し、そのたびにあたえられたものは、それをこえるための課題だったことが、いまになればわかった、という個人的な話でもあり、
その過程でエネルギーを扱うことになったのも、また必然的な流れだったならば(クリアリングやヒーリングというものを知らなければ、とてもではないけれど生まれたときからもっていたみずからの“重さ”をどうすることもできなかったと思う)、これからも必然的な流れを自分がゆくことを、もうすでに知っているのだと、
そしてそれはぜんぶ“ただしい”のだと、これはそのための霊的な意図として自分自身のために書いたものでもある。
ほんとうの意味での“決別”の表明ともいえる。これが真実、“最後”だと。
一度それをはっきりいっておかなければならないと思った。
そして「真実、“最後”」にするために、わたしはさらにわたしのなかの未昇華であったもの、あるものを、昇華させてゆくだけであること、ただそれだけでいいのだと、自分から答えがもたらされた。
ここ何年も、どのように判断したらいいのかわからず保留にしていたものも、すべてそこにつながることをようやく了解し、心からすがすがしい気持ち。
未来はあかるいことを知っている。信じている、ではなく知っている。ようやくここまでくることができたのだから。お疲れさまと自分にいってあげたい。そして、ほんとうにありがとう、と。自身の“外”にあって、手放すもの、手放してきたものにも――“魔”としての役割を担い、自分を苦しめていたものにさえも――大変お世話になりました。おかげさまでたくさん学び、成長できました、と。
言葉はそれを放つひとが昇華されるごとに、言霊の力の断層を深くする。そして光(こ)透(と)波(ば)になる。
生まれたときから持っていただろう(持ち越していただろう)わたしの、“ミッション”とはまた異なる領域にある“祈り”が、“言葉”のほかにもうひとつあるらしいことに気づいたのは2年とすこしまえのことで、そのヒントはわたし自身の子ども時代から散りばめられ、示されていたのだけれど、やはり自分がある段階になるまでそれを顕在意識では知らなかった(潜在ではもちろんとっくにずっと知っていた。でもある段階までクリアリングされるまで“目隠し”していたこと)
そちらがこのさきどうなってゆくかわからないけれど、すべては必然であるし、昇華されてゆけばどうであれ“ただしい”ほうにゆくのだと、自分が知らない自分はすでに、知っているのだろうから。
大切なのは執着を溶かしてゆくこと、未練を残さないこと、そのために潜在にあるものをふくめてクリアにしてゆくこと。“怖れ”ではなく“行動”を選ぶこと(大前提として、もちろんそれは“怖れ”によって突き動かされる行動ではなく。怖れによってしか行動できないのだとしたら、まず大量にクリアリングしてあげるといいものがあると思ったほうがいい。それは“悪い”ことではなく、それだけそのひとの“悲しみ”が深いのだ)
そうすればどうであれ、自分にとって“ただしい”ほうにゆく。それを自分が自分に証明してくれている。
2026/05/17
北極星、北斗七星
去年の終わりごろから、なぜだか行かなければいけないと思っていた場所、千葉神社へ、今月のはじめに。
「なぜだか」そう思うことには、かならず意味がある。そのときそれがわからなくてもいい。
最初の直感から半年ほど要したけれど、その期間は自分自身の準備期間でもあったのだろうと。
半年のあいだに「行かなければならない」はますます強くなって、そしてその機会に恵まれた。
千葉神社は北極星をつかさどる場所であり、つたわるふたつの紋は「神紋」と「社紋」、それぞれ表と裏をあらわしているとのことで、表の紋である神紋は月星紋だった。
『この紋は北極星の差配する天空の星々のなかで、日・月・星(じつ・げつ・じょう)のみっつの光をあらわした紋となり、もっとも外側の輪郭部が「太陽」をあらわし、左上のちいさな円を隠すと右下に「三日月」があらわれ、逆に三日月を隠せば左上に小さな「星」が残る。「人の生活におおきな影響を及ぼす太陽と月、そのほかの諸々の星々、これらすべてを北極星がつかさどっている」ということをあらわしている』
というような説明がお宮の説明ではなされてあった。
「日月星」――自分ではそのつながりを感じてうかがったわけではなかったけれど、今年1月訪れた富士の泉の旅で案内していただいた場所のことを想いだした。
わたしの蝶の器の“片翅”が“割れた”場所のことを。
あの場所に忘れ物をしてきたように感じてもいて、もしかしたらまた訪れるのかもしれないと感じている。
北極星、北斗七星の「北」は、五行のうちの「水」に配置された方角であるため、水にまつわる玄武、白蛇、亀などはその「使い」とされ、千葉神社の境内には亀(玄武)のかたちをしたおおきな撫で石を見ることができた。
また、湧水の霊泉も。
そして対の獅子の像(狛犬とは呼ばないらしい)。
獅子がわが子を千尋の谷に突き落として鍛錬したという太平記の故事をもとにつくられたとのことで、やはりおなじ故事からつくられた『連獅子』を思い浮かべた。
先月、『連獅子』を鑑賞してから、牡丹の花といい、どうしてか“獅子”のテーマも繰り返しあらわれている。
その理由を探り、あれこれなぜだろうと考えるより、いまは「そうなんだな」と胸にとどめておくこと。
この千葉神社にて、はじめて「御祈祷」というものを受けた。
これまでそうしたものを受けたことがなく、そうしたいという気持ちになったことも決定的にはなかった。でもここでそれを受けたい、受ける必要があると、うかがうまえから強く感じていた。
理由はわからないけれど、そう感じるからする。ただそれだけ。
よほどなにかの縁がある場所なのだと思うし、またうかがうのだろうとも思っている。
2026/05/15
虹
記録しないでいるうちに、ほんとうにすべてのことがあっという間に過ぎ去ってしまう。
先月の終わりに、ほんの一瞬空に見ることができた虹のことも。
その日、いらしてくださったお客さまはちょうど1年ぶりにお顔を見せてくれたかただった。
彼女はわたしがsessionをはじめたその最初から、規則ただしいルーティンのようにほぼ月に1度いらしてくだり、間が空いたときでも3か月以上は空いたことがなかった。
けれども去年の4月、いつものように施術を終えて彼女を見送ったあと、「あのかたはもういらっしゃらないかもしれないな…」と漠然とした予感めいたものを感じ、そのとおりそれ以降、2019年の秋から周期のごとく顔をあわせていた彼女の姿を見なくなった。
理由はわかりすぎるほどわかっていた。
彼女が「みずからの“問題”の核心」に近づく必要性を、自分自身からもとめられる段階に入ったからだ。
自身の“外側”に闇を見つけることはたやすい。
“闇”という言葉でなくとも、自分以外のものからもたらされるものによって、悲しみや怒り、不満や寂しさを感じるのだと、わたしたちは思っている。
けれどもそれをつくりだしているのは、自分自身でもあるのだということ――
自分がなにに“反応”するかが、自身の心とからだが教えてくれるメッセージでもあるのだということ。
その“反応”するものが、自身のなかにも「ある」のだということ――
世界は「ひとつ」ではなく、そのひとの段階、階層、つまりは眼差しの焦点やありかたによって変化する。ひとりにひとつ、世界はある。
だから“外側”にあらわれるネガティヴティを溶かしたいなら、みずからの闇こそを精査することをもとめられる。
しかしそれを見つめ、触れるより、「現状」のなかに留まっていたいと誰しもが思う。
それはしかたのないこと。人間の脳の構造というのは「変わる」ことを「怖い」と感じるようにできている。そしてその抵抗力は、自分が意識しているよりもとても深くておおきい。
無意識の抵抗力は現状維持のためなら、どのような理由も生みだしてしまう。
そして彼女も「“問題”の核心」に迫ってゆく段階になって、外側や他者より自分自身を精査しなければいけないと、彼女のなかの“光”では理解していることが見てとれた。
その領域と思考とのあいだに葛藤が生じていることが。
彼女自身はそれを意識していなかったかもしれない。渦中にいるとき、みずからを俯瞰的に見つめるのは至難のわざだし、またそのためには、まずは自分を徹底的に精査することが重要なことでもあるから。
だからこそ、“外側”に受け入れがたいことがやってくる。
そしてそれを見たくない、蓋をしたいという気持ちも、わたしには充分に理解できた。わたしもそういう段階をいくつも経験してきたことから、彼女がどこかのタイミングで長期間いらっしゃらなくなるだろうときがくるだろうことを初期の段階から感じていたし、実際にそのような段階に入り、このままもうお逢いすることはないかもしれないなと思っていた。
もしまたやって来るとしたら、孤独と戦っていたであろう彼女が別の段階に入ったときか、ほんとうに緊急事態のときか、いずれかだと。
ひさしぶりに対面したとき、彼女がおおきな殻を破ったのだということをすぐに感じることができた。
それは見るからにあきらかで、わたしは彼女が彼女に還ってゆくための旅を彼女自身が進んでいることを、とても嬉しく思った。
sessionが終わり、彼女を見送ったあと、雨あがりの空に虹が出ていて、わたしはそれを「祝福だ」と思い、一瞬の光景を写真のなかにおさめると、彼女にそれを送った。
誰かを祝福することは、自分自身へも祝福を贈ることだ。
逆もまたしかり。
彼女のための祝福は、いつかのわたし自身へ贈る祝福でもある。
その日が旧暦の3月11日、勝頼公のほんとうの意味での祥月命日だったことを、虹が消えてから想いだした。きっとそれも、なにか意味のあったこと。
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