2026/03/12

流白浪燦星 碧翠の麗城











 「時は封建時代。諏訪の太守、春宮家の息女・瀬織姫(せおりひめ)は鎌倉初瀬寺で静かな日々を送っていたが、父の死により、お家存続のため執権の弾正と無理やり結婚させられることに。」という筋書きを目にしたときから、このタイミングで観なければなるまいと思っていた歌舞伎演目の『流白浪燦星 碧翠の麗城』へ。


 おなじく諏訪という土地を舞台にした『本朝廿四孝』の八重垣姫と、本作の瀬織姫の面影が重なった。


 「つばさがほしい」と、どちらの姫君もいい、それは彼女たちを象徴する台詞でもある。


 けれども文字にすると八重垣姫のそれは「翅」と綴って「つばさ」と読ませるのだと、今年に入ってから知った。


 つまり八重垣姫は「蝶になりたい」という意味でそのようにいっている。


 対して瀬織姫の「つばさ」はおそらく「翼」で、彼女がなりたいのは鳥なのだろうと。


 「鳥籠から出たい」――しかし自分で選択して役目をなすなら、それはもう「鳥籠」ではなく、覚悟と祈りであるのだと。


 白狐とともに氷の湖を渡る八重垣姫。
 鳳凰とともに星が輝く空を飛ぶ瀬織姫。


 思いがけず泉の話でもあった本作、諏訪という土地と縁深い女神と共通する祭祀女王の側面ももっていた、米吉さんのどこまでも可憐な瀬織姫。


 「あまねく泉を薬にして、人々を幸せに導く」という彼女の言葉が印象に残っている。


 いま観ることができ、よかったと思う。







『片翅の泉』の展示名について









 3月14日から草舟あんとす号さんで開催される『片翅の泉 katahane no izumi』の展示名について、ご質問を受けることがあります。


 わたしとyukaneさんのあいだでは、この展示のことが決まってすぐのころから「おそらくこういう名前だろう」という気持ちがあり、そこにお互い疑問をはさまずに来たのですが、この「片翅」という響きに不思議な印象を感じられるかたもいらっしゃるのではないかと思いますので、遡って数年まえのyukaneさんとのやりとりをとおして、そこにつながった道筋みたいなものを。


   (撮影 草舟あんとす号)



 まず、わたしのなかにはこれまで草舟あんとす号で3回おこなわれた、yukaneさんの『繭の森』という展示の題のことがありました。


 そのつぎの段階として、繭から生まれる蝶、というアプローチが今回はあるのではないかと感じ、でもそれはまだ繭からあらわれたばかりで完全な羽化というより、「籠り」のなかで育まれた「翅」というイメージもありました。


 飛ぶための翅を育んだ時間で培ったものを外へとあらわす段階、といえばいいでしょうか。


 『片翅の泉』の「泉」のことをいうなら、yukaneさんが描かれた銀と漆黒の一角獣から、ほんとうの意味でこの展示が“はじまった”のだと思っているのですが、二頭のあいだに出現する泉が非常に示唆的で、それは“繭の森”の奥深くに進むことで辿りつくことのできる泉なのではないか、とも感じました。


 



 そこでyukaneさんに、「蝶の泉」や「泉の翅」という感じが展示名としてくる、というようなことを、記録を遡るとおつたえしていたようです。


 繭の森の“繭”は蝶になるまえの護りのもの。それがほどかれて開く蝶。


 泉の水鏡のむこうに映る自分との統合、その自分と「ひとつになる」ことが「蝶になる」ということ。“自分”と“相手”(それもまた“自分”)が溶けあわさることで顕れるもの。


 その自分と相手を「光」と「影」という言葉に置き換えることもできます。


 そして光と影は蝶の片翅ずつだと。


 自身のなかの影を、それもまた“わたし”なのだと認め、受けいれることで光を放つ。「ふたつの翅」の両方があわさることが「蝶になる」ということなのではないかと、そのような話をyukaneさんにしました。


 「蝶は光と影のようなところがありますね」と、そのときyukaneさんもおっしゃっていました。「2片の翅をもち、表と裏があり、変容して、天と地のあわいをどちらにも属さずに漂っている。泉は境界でもありますね。蝶が導く金の糸、『片翅の蝶』、素敵だと思う」と。


 「飛ぶための翅。蝶になるまえに翅がいる、となると“片翅”ということになるのでしょうか。繭のつぎに片翅、片翅のつぎに蝶。そういう順序のような気がするんです」とわたしがいえば、


 「『片翅』という表現に惹かれます。不完全な完全性というか。月も完全な形でなくても完全というか。上手く言葉にならないですけど」とyukaneさんが返してくれました。


 「“片翅”は新月と満月、白い月と黒い月みたいでもありますね。わたしのもとにいてくれるyukaneさんの絵みたいに」とまたわたしがいい、そのようなやりとりをとおして、おそらく展示名は『片翅の泉』なのだろうという共通認識になりました。 





 その題名しかないと、たぶんお互いにそこまで強い意志で思っていたわけではないので、もしかしたら蝶の成長の段階のように名前も変わるのかもしれないと思いつつ、でもそのはじまりのときにかりそめに名づけた『片翅の泉』に、たぶんおさまるのだろうという気持ちで、準備を進めました。


 それは最初のインスピレーションとともにやってきた名であり、どんなものでもそうですが、最初のインスピレーションにこそ魔法は宿っているものですから。


 簡単になりましたが、『片翅の泉』という展示名のこと、幕があがるまえに触れておきたかったので。










2026/03/10

『片翅の泉』 Q&A⑤ どんな泉を訪れましたか?









 草舟あんとす号で開催されます『片翅の泉』展の開催まえにご店主からの問いにお答えしている企画、今回で5回目です。





 Q5. どんな泉を訪れましたか?






 このたびは展示名にちなみ、「泉」にまつわるご質問をいただきました。


 もともと「泉」というのはわたしの大切なテーマであり、以前に制作した『天の花 地の星』という本のなかでも、このようなことを記しました。


 *


 自身のまえに
 あらわれたものを
「受けいれる」ことは、
 生じたすべての
 出来事に承認の微笑みを
 むけることではなく、

 それらをとおして自分のなかから
 あふれてくるものを
 聞き入れることなのだと知る。

 内側からあふれる
 どのような「水」も、
 あますことなく聞き入れてゆけば、

 みずからの最奥にある泉に辿りつくのだという。



 *


 この文章を、「タロットカードのカップのエースのことをあらわしているよう」と、あんとす号さんにいっていただいたことがあります。


 自分が自分とつながることによって、出現する1。滾々と湧きあがる、はじまりの水。


 誰のなかにもそういう「泉」があって、自分以外の誰も、その場所を見つけてあげることはできない。


 地図や道標の一部を誰かから渡されることはあっても、そこにむかうことができるのは、ほかならぬ自分自身であること。


 それはいわばそれぞれのなかの聖域であって、だから今回の展示名にあらわされる「泉」も、そういうものであると思います。


 “つながる”ことで、あらわれる泉。


 個人的なことでいえば、ここ何年かで旅をする機会が増えました。


 『片翅の泉』はおそらくわたしにとって、とても不思議で特別な展示であることを決まったときから感じていたのですが、いくつもの旅と、今回の展示や記した物語はわたしのなかでつながりをもち、旅や土地の記憶、縁あって出逢ったひとたちも、目には見えないけれどたしかにそこにある新月という月みたいに、展示の準備段階からenergyとしていてくれているのを感じていました。


 「泉」というキイワードがはっきりとかたちをもって意識に浮上してきたのは、数年まえ、樹々の奥深くに秘されるようにして守られていた、とても美しい泉へと訪ったのがきっかけだったと思います。





 今回の『月の片翅』でも、前作の『天の花 地の星』でも、「泉」と記すとき、わたしのなかにはこの場所のことが浮かんでいました。


 そしてこの泉への訪い以降、それ以前からそうではあったのですが、より「水」というものが自分のなかで重要な要素を帯び、旅のそれぞれは独立した点と点であっても、水面下ではつながっていること、すべての点は繋がり、結ばれてゆき、自分というものがひろがってゆくことで、点と点を繋いで結びながら顕れる絵、浮かびあがる模様の輪郭もはっきりとしてゆくことを理解しました。


 それは自分が自分とつながることによって、“わたし”という点からはじまった渦の波紋をおおきくひろげてゆく、ということでもあります。





 水と水をつなぐ、いくつもの旅の記憶。





 今年の1月に、富士のそば近くにある泉にむかう旅をして、その旅のまえから「ここがひとつの終わり、到着点」ということを、自分自身から受けとっていました。


 まだ旅はつづき、ひろがってゆくけれど、この『片翅の泉』という旅の準備のための終点はここであるのだと。


 その旅に持っていったわたしの蝶の器が割れ、“片翅”になったことが、それを証明しているように感じました。





 「『片翅の泉』という展示をするんだもの。自分で予言していたんだね」と、富士の泉の旅をご一緒したかたのおひとりがいっていた言葉を反芻します。


 あんなに慎重に扱っていた器が、わたしの手から予期しない動きをして滑り落ち、蝶の“片翅”が割れたとき、それはわたしにとってほんとうに大切なものだったので一瞬頭が真っ白になりましたが、けれども「ああ、やっぱり」という気持ちも同時に感じたことを覚えていて、「なにかが“終わる”ための合図に“割れる”ものがあることを、旅のまえから無意識に知っていた」ことを自覚しました。


 なにかが“割れる”とき、それはいつもメッセージをふくんでいます。


 遡ると過去の言葉として、このようなことを記していました。


 *


 
 あの泉で彼女のための杯が割れたとき、彼女はそれを“誕生”だといった。わたしはそれを“祝福”だとつたえた。あたらしきに移るとき、ふるいものは“割れる”。


 そしてその“割れた”自身の持ち物であったものが、自分にとって神聖なものであるほどに、それは慶びなのだと。まだそれを知らなくても。


 黄金の蝶の翅が割れた日に、黄金の林檎がやって来る。金色の円環、月であり太陽でもあるような輪を抱いている、みずからの内側に聖堂をもつかたとの束の間の再会、そして次なる“約束”の巡りがおそらく完全に途絶えた日に。


 前向きな意味で、なにかが収束をむかえる。これもまたひとつの章の終わり。


 気がつけば点と点がつながって、あらゆる符号に物語の断片が浮かびあがる。それはわたしの癖のようなもの。そういえば今月は金環日食もある。




(2023年10月9日)





 *


 どこまでも“内”にむけた象徴と抽象しかない文章ですが、「あの泉で彼女のための杯が割れたとき」の「泉」とは、樹々の奥深くに秘されたあの美しい泉のことでした。


 はじまりの泉。


 蝶の器の“割れた”翅の一部は、富士の泉の旅でうかがった太陽と月と星を祀る場所、富士三光大社奥宮にお納めしてきました。


 本殿とは別に、向かいあうちいさな社があり、あるひとがそれを「ミカカミ」といっていたことが記憶に残っています。


 “片翅”が割れたときだったので、「ミカカミ」を蝶の“両翅”みたいに感じたのかもしれません。


 これはそのときに、「このことを記したほうがいい」と受けとってきたので、固有名詞を伏せず、そのまま綴ることにしました。


 そして過去におなじように“割れた”黄金の蝶を(こちらは器よりさきに“片翅”に)ある社と泉へ、土でできた桜の花をある湖へと、それぞれそのときに「その場所へ」と思うところへ。



 これ以上は長くなり蛇の足になりますが、わたしの家の近くにあるお寺に、もともとは澄んだ泉があったという伝承があり、自分のなかにある泉、目に見える泉のほかにも、目には見えないけれどたしかにある、あった泉のことも、『片翅の泉』のなかで意識にはありました。


 その泉は目には見えなくなっただけで、いまもなおあるのだと。一角獣という存在にも、わたしはそれとおなじものを感じているために。




 ここまで綴って、とても内的なものであるこの記述を、お読みになるかたがどのように受けとられるかはわかりませんが、「泉」からつながる話、そしてこの展示につながる話としても、できるだけ簡潔に開示しました。そしてこのことや、ここ数日言葉にしてきたものを綴るまでが展示の準備であったような気もします。


 まだすこしだけ、この「準備」はつづくようです。


 おつきあいいただけましたら、嬉しいです。




 (富士の泉の旅で蝶の器が割れて“片翅”になったあとに仰いだ空。雲のかたち、左に龍が、右上に人魚がいるように見えませんか?)


 *


 『片翅の泉』のためのこれまでのQ&A


 ①今回の展示のテーマ
 ②展示作品への思い
 ③物語を書こうと思った理由
 ④物語を書き始める前、書いている途中、書き上げた後の心境の変化や制作過程について

 もよろしければあわせてお読みください。


 ご一緒させていただく画家のyukaneさんもご自身のBLOGで展示やこの企画のことを綴られていらっしゃいます*