2026/02/04

桜の諏訪 ー八重垣姫ー







 桜の諏訪を訪ねたのは、去年の4月のこと。


 そのことをすこしだけ記して、でもそのあとの言葉が出てこないままいまに至り、それはそれだけその旅とその旅の背景にあるもの、あったものが、わたしにとって重要で深い意味をもっていたから。


 文字に記したくても、それができなかった。


 言葉にしようとすると、手のひらからこぼれてゆく感じ。そこに残ったものを無理に書き起こそうとしても、それは上澄みにすぎない。


 上澄みだけでなく深部をあらわすならば、目眩がするほどの説明が必要にもなる。


 そうでなければそれはあくまで個人的なものであり、おおやけにすることもない、という考えのもと、これまで保留にしてきたこと。


 けれどもこの旅において辿ったさまざまは、わたしの人生のおそらくはとてもコアな部分にあたるために、扉をしめ、そしてつぎなる扉をあけるまえのこの狭間の時間に振り返っておくことも大事なことだと思った。


 折しも本日は立春。“春”という季節への移行とともに桜に想いを馳せるのは、それはそれでわたし自身の季節のひとつの巡りを感じもする。


 去年の4月、いくつもいくつも桜から桜へ巡る旅をした。


 それは八重垣姫ー武田勝頼公ーヌナカワヒメというみっつの核、柱をもち、それぞれがそれぞれに連動し、呼応しあう旅だった。


 さまざまな場所を巡ったけれど、わたしの写真におさまっていたのは、そのほとんどがそれぞれの場所で迎えてくれた桜の花の姿だけ。


 そのたび異なる表情と佇まいを見せてくれた、その花のことだけ。


 



 *


 これは雪の諏訪の写真。諏訪湖の水で清めてあげた翡翠。このあとこの石は桜の諏訪湖におかえしする。


 そのとき起こったこともまた、“言葉にはできないこと”のひとつだけれど、今回はそれとはまた別の話。



 これも雪の諏訪で。“三人の”八重垣姫。


 諏訪湖に浮かぶ像の、友人たちに説明するために展示した携帯画面のなかの人形の、そしてその液晶にうっすらと反射したわたしの姿の、「ここには三人の八重垣姫がいる」と、この写真をおさめてくれたひとがいってくれた。


 ――「威徳の舞姫」


 わたしの初節句のときに贈られたという八重垣姫の人形には、添えられた木の板にそのような言葉が書かれてある。


 いつのころからか、年々このお人形に顔が似てくるといわれるようになり、わたしのなにか重要な部分をあらわしているのだと感じるようになって、八重垣姫の物語の舞台となる諏訪にもいつか行くのだろうと思っていた。でも、そこには“呼ばれないと”行けないのだとも。


 ある時期がくるまで、待たなければいけない。そしておととしの2024年の11月、はっきりとわたしにわかるかたちで、その「知らせ」はきた。


 雪の諏訪の旅のおわりに、帰りの列車のなかで突然自分でもわからない衝動で泣き出したことを覚えている。


 勝頼公があまりにも憐れだと、唐突に思った。


 八重垣姫の物語、『本朝廿四孝』では、かれの危機に神のつかわしめの力をお借りして氷の諏訪湖を渡り、駆けつけてくれる巫女姫がいる。


 けれども現実の勝頼に、そのような“八重垣姫”はおらず、かれは命を落とし、かれの死とおなじくして武田家も滅びた。


 そう思うとひどく悲しくなって、あまりにも辛くて涙がとまらなくなった。


 八重垣姫とのつながりから、勝頼のこともすこしは意識してきたけれど、そんなに心が乱れたのははじめてで、雪の諏訪に訪ったことでわたしのなにかが溶け、なにかを想いだそうとしているからこそ生じた、自身でも説明のつかない涙だった。


 このときはよもや、この旅が終わったあと桜の時期にも諏訪に来ることになるとは思いも寄らないことだった。


 ――でも、ほんとうの奥の奥ではわかってもいたのかもしれない。


 雪の諏訪でずっと“桜”というキイワードがきていることには気づいていたから。


 地図のなかの桜のしるし。桜の季節にここはどのような景色を見せてくれるのだろうと思い浮かべたこと。


 そして帰宅してから1週間も経たないころだったかに、春にも諏訪に行くと決めた。4月15日にわたしは諏訪にいなければいけないと。


 そう決めたあとで、桜の諏訪にむかってしておく準備が大量にあることがわかり、ほぼそれにかかりきりの期間を過ごした。


 *


 家族とむかうことになった桜の旅。


 父のカメラのなかに意図せずわたしの後ろ姿が何枚か紛れ込んでいて、それをあるかたにお見せすると

 「いまのあなたではなく、“過去”のあなたが映っている。だから正面からではなく後ろ姿しか撮れなかったのね。いつかの時代にやっぱり、その場所にいたあなた。とても縁の深い土地だから」

 というようなことをおっしゃっていて、彼女のいうことがわたしにもわかるように感じた。





 旅の最後の場所。終焉の地。


 天を仰げば星みたいに桜があり花びらが舞って、そしてならぶように松の大樹がそびえていた。


 ある石でさだめられた終わりの刻にむかって子守唄を歌えば、樹から太陽があらわれ、なにかをつたえてきた。


 その言葉をもたない通信を、わたしもたしかに受けとった。








2026/02/02

満月







 今日が節分だと、なぜだか昨日まで勘違いしていて、どうしてだろうと首を傾げつつ、ひとつの切り替わりがあるような空気を感じたけれど節分は明日なのね、と思っていたら今夜は満月だった。


 満月。富士の裾野にうかがってから、ずっとかぐや姫のことが心に浮かんでくるので、絵本を紐解いてみる。


 「泉に黄色い花を捧げる」といっていたひとの言葉とともに。どうしてその色の花なのだろうと思っていたのだけれども、もしかしたら月の色ということだったのだろうか、と。


 大切で宝物のこの本のなかに、ひとつの答えを見たような気持ち。

















 友人がつくられた陶器がほんとうにうつくしく素晴らしくて、自分自身と対話するみたいに、長いあいだ空の器を覗きこんでしまった。


 最近の流れからそこに浮かぶ翠の紋様にカワセミの羽ばたきを感じたけれど、みずからのありようによって幾重にも変化し、異なる姿を見せてくれるのだろうと。