2026/03/09











 『月の片翅』の制作をお手伝いくださった友人のアイディアで、yukaneさんの優美な画の表紙をめくると、そこからつながるように、“糸”を抄き込んだ遊び紙があらわれます。


 金の糸、銀の糸。一冊ずつ、その糸が描く模様、姿は異なり、ひとつとしておなじものはなく。


 お手もとに渡る“糸”がどのような模様を描いているか、あわせてお楽しみいただければ。


 草舟あんとす号とholy gardenという場、yukaneさんの絵の力はもとより、彼女にお手伝いいただき、明晰さ、寛容と柔軟性、経験、インスピレーションの力をお貸しくださったからこその完成だったと、心から感謝しています。






2026/03/08

『片翅の泉』 Q&A④ 物語を書き始める前、書いている途中、書き上げた後の心境の変化や制作過程について








 草舟あんとす号で開催されます『片翅の泉』展の開催まえにご店主からの問いにお答えしている企画、今回は4回目です。

 ①今回の展示のテーマ
 ②展示作品への思い
 ③物語を書こうと思った理由

 もよろしければあわせてお読みください。


 ご一緒させていただく画家のyukaneさんもご自身のBLOGで展示やこの企画のことを綴られていらっしゃいます*





 Q4. 物語を書き始める前、書いている途中、書き上げた後の心境の変化や制作過程について教えてください。



 なぜ物語を書こうと思ったのか、ということは前回の問いで触れましたが、草舟あんとす号、holy gardenという場、yukaneさんの絵の世界観を融合させながら、わたしの言葉を紡ぐには、それはどのような物語だろうと思ったとき、おそらく誰かと誰かの「ふたり」の話なのだろうというのは、はじめからありました。


 展示名もほぼ最初の段階で『片翅の泉(katahane no izumi)』に決まっていました。


 ――「決まっていた」という強い意志をもって「こうしよう」となったというよりも、yukaneさんとのあいだで「なんとなくこういう題名なんじゃないか」と、その「なんとなく」がつづいて、最終的に「いま思うと最初から決まっていた」という流れでした。


 この展示名についてのご質問を受けることもあるので、なるべく展示まえにそのことに触れた文章も別の機会を設けて書ければと思っていますが、今回の展示は振り返ってみれば「陰陽」がテーマのひとつで、DMの黒い蝶と白い蝶のように、「ふたつのものをひとつに」という流れが、そのはじまりからあったと思います。


 だから「ふたり」の話であり、「片翅」の蝶と泉の話でもあるのだろうと。




 作中で一角獣も重要な存在なのですが、その銀と漆黒の二頭の一角獣の名は、yukaneさんが名づけられているものをそのまま物語のほうでも使わせていただきました。


 もしかするとyukaneさんはその名を公開するおつもりではなかったのでは、とも思ったりします。


 その絵を目に映したかたのそれぞれに感じられたもの、そのひとだけの名が浮かんできたならば、それがその名だとおっしゃるかもしれないと。


 実際わたしものちになるまで二頭の一角獣の名を知らず、どのような名なのだろうと言葉を紡ぐうえで想いを馳せ、ふとyukaneさんにお聞きしたときに教えていただいたのです。


 そこには「自由に書いてほしい」というyukaneさんのお気持ちがあったのだと思いますが、わたしは「名前」というものをすごく大切にしていて、世界を融けあわせるにはわたしとyukaneさんのなかで「おなじ名前」をもっているほうがいいと感じ、そのようにしました。


 そしてふたりの物語の「ふたり」に、新月と満月という名があらわれたとき、「これだ」と思い、そこからどこにむかえばいいのか方向性がさだまり、そのようにして話の冒頭があらわれたら、そこに「もうひとつの世界」が生まれはじめます。





 文章を書くとき、「なぜこれを書いているのかわからない」ということがよくあります。


 とくに物語の形式をもつものはそれが強く、けれども「どこを目指せばいいのか」という着地点は漠然と自分で知っていて、抵抗せずコントロールしようとせず、指が書くままにまかせる。


 この「抵抗せずコンロトールしようとせず」ということがむつかしく、言葉がつまずいて転んだり、そこから起きあがれなくなっているとき、自分のなかの「これでほんとうにいいのだろうか?」という問いが浮上しています。


 このまま前に進むことに、なにかしらの対立がある。でも、ある程度進んできた道を、もう引き返すことはできない。


 たとえばそれが誰かに宛てた手紙やメッセージであるのなら、わたしの場合、言葉はあふれるように出てきます。


 それは「他者」という対象をとおしての語りであり、もともとある1を、2にする工程だからです。


 けれども物語を(そしてすべての創作を)紡ぐとき、対話する相手は「自己」であり、0から1を生む必要があります。


 草舟あんとす号とholy gardenという場、yukaneさんの絵の力とはまた異なる領域で、わたしの言葉のなかにわたしの「1」を見つけなくてはいけない。


 そういったことは、水鏡を覗きこんで水面を見つめること、迷宮のなかで糸をたずさえ、それをしるべにして進んでゆくのと、似ているのではないかと感じます。


 ギリシャ神話のなかでクレタ王の娘アリアドネは、金の糸を繰ることで脱出不可能なクノッソス迷宮の出口へといざないますが、まさに今回のyukaneさんの詩画集の題であり、わたしにとってもここ数年の重要なキイワードのひとつである『金の糸』を繰りながら言葉を紡いだことを覚えていますし、人の脳というのは一種の“迷宮”なのだなと、これもずいぶんまえから感じていることを、あらためて感じました。


 yukaneさんの『金の糸』といえば、彼女の世界観と融合させながらもわたし自身の言葉の色や温度を保つため、『月の片翅』を書き終えるまで、詩画集に記された彼女の言葉に目が触れないようにしていましたが、書き終えてあらためてそちらを拝読いたしますと、自身の物語のなかで鍵となる言葉、ヴィジョンと共通するもの、重なるものが発見でき、そこに“つながり”を感じましたし、「これでよかったのだ」という答え合わせにもなってくれたように思います。


 思えば展示についての話し合いのなかでかわした多くの会話も、この本の言葉の種、栄養となって育ってくれたことを感じています。


 これで問いへの答えとなっているかはわかりませんが、4つ目のご質問へのわたしの答えは、このようになりました。











2026/03/06

『片翅の泉』 Q&A③ 物語を書こうと思った理由










 草舟あんとす号で開催されます『片翅の泉』展の開催まえにご店主からの問いにお答えしている企画、今回は3回目です。

 ①今回の展示のテーマ
 ②展示作品への思い

 もよろしければあわせてお読みください。


 ご一緒させていただく画家のyukaneさんもご自身のBLOGで展示やこの企画のことを綴られていらっしゃいます*





 Q.3 物語を書こうと思った理由





 今回の展示にさいしてわたしがとても意識したのは、「その展示が“どこ”でおこなわれるのか」ということでした。


 準備中に話を重ねてゆくなかで、草舟あんとす号のご店主に「あなたにとって、展示とはどういうものですか」という問いかけをいただいたことがあり、それにもわたしは「“どこ”でそれをするのかということは、重要なことかもしれません」というような答えをお返ししたと思います。


 重要なことというのは、どのような形式で、なにを書くのか、という点において。


 その場所ですることの意味、その場所だからできること、場所と自分とが溶けあって共鳴することで生まれるもの。


 わたしという人間と、草舟あんとす号という場所はそれぞれひとつの点ですが、その点と点を糸でつないで(今回の展示においては「線でむすんで」より、「糸でつないで」のほうがあっているように思います)――もちろんそこにはyukaneさんという点もあって、その点とつなぐ糸があり、そのようにして浮かびあがる「かたち」をあらわすことが、わたしの考える「展示」なのではないかと思いを深めました。


 今回の展示が決まった当初からそうはっきり意識していた、というよりも、長い時間かけて準備してゆくなかで、「自分はそのように思っていたのだ」ということが鮮明になり、それによってより「なにを意図してあらわすか」がさだまったことを感じますし、それはこの展示をとおして育てていただいたもののひとつです。 


 結論だけさきにいえば、今回は草舟あんとす号というお店と、そのお店があるholy gardenという場が展示の舞台としてあってくれたから、「物語を書きたい」と自身のなかから湧いてくるものがありました。


 holy gardenで展示をするのなら、holy gardenの「物語」を紡ぎたかった。



 もう大昔のことですが、過去に物語というものを書いていたことがあります。


 自分のための物語です。


 それはわたしのためのものだったので、自身のなかだけで完結し、誰にも見せることなく、おおやけにすることはありませんでした。


 けれども時が流れて、そのときの文章を人に読んでもらう機会があったとき、「開示したほうがいい」という助言をいただいて、一時的に公開していたことがありましたし、またその時期は現在進行形であらたな物語をやはり自分のために書いていた、書く必要を感じていた時期でもありました。


 そして、その必要を感じなくなったとき、わたしは「自分のための物語」を綴るのをやめました。


 それに対する気持ちを、2022年4月に別の場所で書いていたので、引用しておきます。






 
もう文章を書かないんですか、という問いかけをときどき投げかけてくれるひとたちがいる。――そのような問いかけのなかでの「文章」とは「物語」のこととして。


 ずいぶんと昔のことですが、自分のなかの物語をものがたるために言葉を綴っていたことがあり、貝殻の肖像、夏の鳥籠、蝶のうたた寝、空に種を蒔く、とそういうふうに題をつけて、その題に集った花びらをならべるように言葉を紡ぎ、ひとつのおおきな花とするために文章で束ねたものを過去に読んでくれたひとたちが、そういう問いかけをしてくれることがある。大昔のことなのに、ささやかに編んだあの物語たちを覚えていてくれることはとてもありがたいことだと、感謝しています。


 「もう書かない」とわたし自身の気持ちとしては思ってはいないのですが、でもそれを書いていた当時といまとではあきらかに変化していることがあるのです。


 それはあのころ、「この世にわたしの心にかなう美などないのだから、わたしがその美を創りだせばいい」と思い、わたしの心にかなう美を、その世界や人々を体現するためにそれを書いていた、ということ。


 言葉で構築された堅固な城みたいに美を組み立て、理想をそこに映しだすことで、わたしはわたしを慰めていた。


 わかりやすくいうなら、致命傷となっていたものに、いくばくかの回復と栄養をあたえるために、わたし自身のための物語を書いていた。自身を癒すための自己供給的な手段としてそれを用いていた、ということ。


 自分の心にかなう美などこの現実にありはしないと思っていたから、そうしていた。


 それもある意味でその当時の自身が視界に、すなわち頭と心に纏っていたひとつの膜であり殻であったのだと、いまなら思う。


 現実にないのだから夢のなかでそれを築いてしまおう。贋金をつくるように精妙に、わたしの美意識で統御された夢の魔術をかけて、わたしの規律によって呼吸する“うつつ”を、この世界の裏側に出現させるために。


 けれでもそれは、自分の見ていた世界が狭かったがゆえのことだった、と理解するようになった。自身の世界を拡げたら、美しい場所も美しい人たちも現実に存在することを知ったがゆえに。それも自分が綴った物語よりもわたし自身の心の美に触れるかたちで、物語よりも物語らしく。


 それを理解したとき、わたしは「現実にないものを創りだすための夢」としてわたし自身に物語を紡ぐ必要性を感じなくなりました。


 「自分のための書き手」、自分自身のなかの穢された美とでもいうべきものを再生させるため、涙を結晶のように見せるためのマジックに言葉を用いること、その段階は終わったのだと。


 わたしのもとめていた夢のごときものは、なによりも現実のなかにあったこと。



(2022年4月16日)






 (また、おととしにも『光を言祝ぐ』という題で2022年4月16日に記した上記の文章を一部意図して引用し――そのようには記さず、自分のなかだけでそれを理解しながら――“言葉”について綴っています)



 この文章を書いたとき、間違いなくholy gardenは「美しい場所も美しい人たちも現実に存在することを知った」の場所と人として、わたしの心に浮かんでいました。


 あの場所をいつも「物語より物語らしい」と思ってきたこと。








 だからほんとうは、その場所を言葉にして構築し、再現しなおす必要もないのかもしれない。


 ただそこにあってくれるだけで、その場所は「物語」であるのだし、わたしとおなじようにholy gardenを大切に想っているひとたちのなかに、そのひとだけの「物語」があるでしょうから。


 それでもわたしはやっぱり、holy gardenで展示をするのなら、わたしの目に映るその姿を言葉にしてみたい、自分とこの場所とを糸でつないで「かたち」をあらわすなら、今回は物語だ、と思ったのです。


 長すぎるために割愛しましたが、上記に載せた引用には最後に「もしまた物語を書くなら、それを書く自分の動機が過去とは異なるところにあるから、そこにあらわれる世界もまた、過去とは違うものになるのだろうと思う」とありました。


 このたびの『月の片翅』でそれが果たされているのかはわかりませんが、とにかくいまの自分のすべてで書いたことはたしかです。


 そしてそれがどのようなものであるのかは、お読みくださるかたがそれぞれに感じていただければ嬉しく思います。


 草舟あんとす号、holy gardenという場をあたえてくださったこと、しじまから語りかけてくるyukaneさんの絵を挿画としていただけたこと、この物語にとってとても幸せなことでした。