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境目の宙を踏む足袋鉾の稚児
2026/07/08
星合ヒーリングにご感想をいただきました*
七夕の夜に実地いたしました星合ヒーリングにとても愛のこもった素敵なご感想をいただきましたので、許可を得まして一部抜粋、掲載させていただきます*
*
昨晩は遠隔ヒーリングを
送っていただいて
ありがとうございました
受け取らせていただいて
圧倒的な体感があり
しばらく横になっていたほどでした
天の川銀河のエネルギーなんだ…
と勝手に声が出て
えっ?
そうなの?
ってそれを聞いて
自分でびっくりしたりして
とても素晴らしい経験でした
とても
ピュアでコアなエネルギー
受け取らせていただけて
本当に感謝しています
あの精度のものを
無償で行う…
大元の
源の
愛としか言いようがなく
感動していました
あの空間、時間
大きな愛の循環が起こっていたと思います
本当にありがとうございました
すごくパワフルで繊細で
純度の高いエネルギーでした
受け取らせていただけて
本当によかったです
*
このメッセージをシェアしてくださったかたは、わたしがまだエネルギーというものをまったく感じることもなく、
それがどのような影響を自分自身の“内”にも“外”にもおよぼしているか理解していなかったころよりお世話になり、
「エネルギーを扱う」ということの学びのはじまりにいてくれたかた、たくさんの示唆をあたえてくれたかたでした。
それだけに感慨深く、
日ごろわたしがセッションで施術させていただく機会のあるかたは、エネルギーの体感を感じないかたが多く(あたりまえの前提ですが、それが良いとか悪いとかではなく)、
自分では自分のエネルギーがどんどん変化している(ひと月まえでさえもう遠いくらいに)、
研ぎ澄まされ削ぎ落されていっている、
本質に還っていっているということは理解しつつ、
“外”からそのような言葉を“答え”としていただくのは、ほとんどはじめてのことでした。
わたし自身もヴィジョンにあらわれた青い星のきらめきを天の川だと受けとったので、それを共有してくださったこともとても嬉しいことでした。
「これでいいのだ」と、あらためて自分に再確認できましたこと、心から感謝です*
ご感想のシェアに関しましても
*
もちろん感想をシェアしてくださいね
それがまた
良い循環を生む事はわたしの願いでもあります
素晴らしい行いが
この世界に拡げる
愛を感じて
胸がいっぱいになります
*
とご返信いただき、愛の循環、“答えあわせ”という、わたしのほうがプレゼントをいただいたような気持ちです。
あたたかいお気持ちとお心を、ありがとうございました°˖✧
『月の片翅をよむ 夏の回』朗読教室 7月5日
四季を巡る大勢待なつみさんの朗読教室、『月の片翅をよむ』の夏の回 、草舟あんとす号にて
「では薔薇は?
薔薇の花はどんな秘密をその渦のなかに隠しているのだろう。」
からはじまる文章を読みました。
“森”のなかに入ってゆく場面を、holy gardenの緑がもっとも濃く繁る季節に。
発声をはじめた途端にささやかに降りだした雨は、“森”の奥深くへと進むほどにはげしくなって、終わりの合図のころに突然やんだ。
「まるで退行してゆくよう」だといっていた誰かの声。
淹れていただいたホーリーバジルのお茶を飲みながら声を放ち、言葉をかわしあうひとときは、
一時的に外界から隔てられた“森”のなか、あるいは泉の水の底を映す“舟”のなかで、自分自身のこだまに心澄ます時間でした。
*
蛇足としての余談のようなもの
『月の片翅』を書くとき、今回の朗読教室で読んだ場面の言葉をおろしてゆくことはとても苦しかったことで、この部分を“読む”のだということになったとき、胸が塞がれるような、呼吸がしづらいような気持ちになり、それはこの場面を記すことが、わたしにとってクノッソスの迷宮のごとき“森”のなかに入ってゆくようなことであったこと、おそらく“声”をとおして文字を“読む”ことで、それをふたたび体験することを知っていたからでした。
漠然と心に靄がかかるとき、自分のなかの“森”が騒めいている。
またひとつ、さらに“奥”へと進むようにもとめてくる。
入口と出口がおなじ場所にある、誰のなかにも存在する迷宮のごとき“森”
――「まるで退行してゆくよう」
声という音にしてみずからの“外”に言葉を放つことによって、その音を、その言葉を自分自身にも聴かせることは、二重の意味をもつ“まじない”のようなものでもあるのだな、と昨日は感じた。
家に帰った途端にとても眠くなって寝床に籠り、長い時間意識から離れる必要があったのも、その“森”の道を、しるべを辿りながら歩いてゆく“つづき”が無意識のなかではおこなわれていたのだろうと。
とても貴重で、重要なことでした。
それは「より呼吸を深くするために」「さらに澄んだすがすがしい風が胸のなかを通るために」起こること、いつだって。
自身からうながされ、“森”の奥へと進み、その景色と対峙して自分のものとするたびに、
奥へ奥へと進み、みずからを研ぎ澄ませてゆくたびに。
次回のお教室は秋も深まるころの、10月25日(日)を予定されているそうです*
またふたたびの“巡り”を楽しみに。
星合ヒーリング完了いたしました
七夕の日の午後6時30分までに各種SNSのDMからご連絡くださいましたかた、みなさまへのヒーリングを無事完了しております。
ご参加いただきましてありがとうございました*
はじめましてのかたふくめまして自分が想定していた以上に多くのかたにお申込みいただき、とても嬉しく感じています。
ヒーリングのあいだ、わたしのヴィジョンにあらわれたのは青白く輝く星のきらめきで、はじまりからずっとその光を浴びている、包み込まれている感覚でした。
体感などなかったかたもエネルギーはおなじように流れていますので、ご安心ください。
そしてヒーリングをお受けになられた当日だけではなく、経過を見ながらご自身を観察してあげてみてくださいね。
このヒーリングを“和合”の女神であるククリヒメもサポートしてくださいましたが、ククリヒメの凛と研ぎ澄まされたエネルギーはわたしたちの「ものを“見る目”」に働きかけてくれていました。
わたしたちはほとんどの場合において“現実”をありのままに見てはおらず、自分の見たいように見ています。
そしてそこには、「自分自身との関係」が反映されます。
“七夕”というキイワードからパートナーシップを連想されるかたも多く、「わたしには関係ないかもしれないけれど、受けてみたい」といってくださったかたもいらっしゃいました。
けれどもパートナーシップというのは、みずからの究極の“映し鏡”ともいえるものですから、やはり「自分自身との関係」が反映されるのです。
距離が近づくと相手の見たくないものを見ることになる、だから他者との親しい関係に踏み込みたくない、踏み込めないというひとがいますが、それは「自分のなかに“見たくない”ものがたくさんある」という状態であるといえるかもしれません。
もちろんかならずしも人生において「親しい他者」が存在する必要はないのかもしれませんが、自分自身との関係がそれぞれの“現実”を創りだし、他者との関係はその目安みたいなものである、ということはいえるのだと思います。
自分と自分との関係における“歪み”がなくなるほどに、“現実”をそのまま見ることができる。
「そのまま見る力」が“現実”をすこやかに創造してゆく力ともつながっていきます。
また、このたびのヒーリングでは“家”というキイワードもあらわれていました。
七夕というのは本来、先祖供養の風習の一環だったという話がありますが、「自分と自分との関係」には、自分自身だけでなく家族や先祖の記憶、肉体や意識に受け継がれる記憶として、わたしたちに色濃く影響をおよぼします。
それぞれの“星”が、さらに輝くために必要なことがなされたようでした。
そして最後に。
わたし自身もここ最近とみに感じるところ、思うところがありまして、来月以降もこのように無償遠隔ヒーリングの場を設けてみようと思います。
いつまでできるか、またかならず実地できるともかぎりませんが、なるべく月に一度機会をつくりたいと考えています。
このことはあらためて別に綴らせていただきますので、よろしくお願いします*
°˖✧
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