Record
境目の宙を踏む足袋鉾の稚児
2026/05/02
A dateless -Melody- 一篇の詩に聴く
満月を待つ晩に、ランプの灯りだけで満ち、そこに生じる薄闇のぶんだけ、みずからの内側の扉を開けてその奥に入ることをゆるされた空間で、自分自身のなかからあらわれる音をつなげ、それを安心して声に、言葉に、即興の透明なかたちにする。
やわらかに通りすぎてゆきながら、芯をもって残り、余韻にこだまする声によって朗読され、立ち昇る音に心を澄ます。
エミリー・ディキンスンの一篇の詩を聴く。
ミュゲの日でもあった日、集ったひとたちの中心には鈴蘭の花が。豊かさと安らぎを感じるほど、静けさが深くなることを味わう一日でした。
2026/05/01
5月のsessionのご案内
5月のはじまりは満月の訪れとともに。
今夜の日づけ変わってすぐに迎える満月の影響をすでに感じています。
天体現象や目には見えない領域のenergyのことをのぞいても、寒暖差や気圧の変化、天候の変動によって自律神経も乱れがちになりやすいのではないかと感じます。
そこにこの満月もあわさって、怒りっぽくなったり焦りが出てきたり、自責の念が湧いてきたり…といったことが生じやすい印象です。
自他に厳しくなりがちな視線をやわらげて、自分自身の内側の静かな聖域のなかに入る時間を大切にしてあげてください。
今月は満月が2度ある特別な月でもあり、はじまりとおわりを満ちた月で迎えられ、送られます。
新月を境になにかあたらしいことに向かいたくなったり、これまでとどめていたものに向きあうことになるかもしれません。
ご自分の気持ちと流れを見てあげながら、よいひと月をお過ごしになられてください。
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【対面セッションを、土日祝日ご希望でご予定くださるかたへ】
土日祝日のスケジュールですが、現時点で確実にご予約お受けできます日は、5月3日(日)5日(火祝)9日(土)17日(日)23日(土)30日(土)となっております。
開始時間は基本的に13時以降からとなりますが、要相談でお受けできますのでお気軽にご相談くださいませ。
平日の場合、ご希望日を第3希望くらいまでお知らせくだされば、枠を設けることが可能だと思います*
お気軽にご連絡ください*(ご希望の曜日などひろくお知らせくださるほうが、枠をご用意しやすいと思います。)
遠隔セッションは夜でありましたら、ほかのご予約と重ならない場合にかぎり、なるべくご希望の日に添えるようにしておりますが、まずはご一報ください。
ご予約はサイトの「Contact」か、各種SNSのDMからお問い合わせください。
基本的に24時間以内に折り返しのご返信差しあげておりますので、もし返信がない場合は、こちらに届いていない可能性がありますため、お手数ではありますが、再度お問い合わせくだされば幸いです。
よろしくお願いいたします。
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5月、これからの予定
5月31日(日)* 今月のセッション(対面・遠隔)をお受けくださったかたへの一斉遠隔ヒーリング
一斉遠隔はそのとき必要なエネルギーが流れます。
【該当されるかたには当日、個別にご連絡差しあげます】
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それではどなたさまもよきひと月をお過ごしになりますように。
あなたがいつもあなたでありますように。
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4月に眺めた牡丹の花。
牡丹の花の古い異称を「深見草」というのは、昔のひとたちがこの花に人の心の奥の襞と深みを感じたからなのだろうかなどと思いながら。
獅子が牡丹の花に溜まる夜露を飲むことで毒となる虫から身を守ったという教えがあるらしく、百花の王といわれるこの花は百獣の王の花でもあるのだなと、先日連獅子を観てきたばかりなので感じもした。
2026/04/30
4月の一斉遠隔ヒーリングのご報告
4月にLuna Somniumのセッションをお受けになられたかたへの月末の一斉遠隔ヒーリング、無事に終了しております。
チェンジ。
今回はそれがもっともおおきく入ってきたメッセージでした。
自分のなかから変化をもとめられているものがあります。
変化とは「これまでとは違うやりかた」「これまでとは異なるものを選ぶ」ということですが、その「これまで」が悲しさや悔しさ、喪失感からくるものが固まって、「ここから動きたくない」と頑なに主張する過去の自分、過去からの訴えが、おそらくは誰のなかにもいるのでしょう。
「変化」はその過去の自分と現在の自分を“切り離す”ことではありません。
過去に置き去りにされている自身の声に心を傾け、それを承認し、そして“その子”の気が済むまでうずくまるのを見守ったのなら、つぎはその子の手をとり、一緒に未来へと連れてゆく。
その準備が、あなたがたにはもうできているとのことです。
それを怖がらないで。
変化は、“そこ”から出てゆくこと、飛びたつことを許可するということ。
扉が閉ざされているとき、わたしたちは「どうしたらその扉が開くだろうか」と悩み、その方法について考えます。
けれどもいざその扉が開いたら、そこから一歩踏み出すことにこそ“怖さ”を感じる。
開かない扉をまえに、ああでもないこうでもないと頭を悩ませているほうがほんとうは楽だった。それは現実的な動きをとどめ、「開かない」ことを理由に「動かない」という選択ができるからです。
でもその扉が開いたなら、その扉をくぐるのか、それともこのままとどまるのかを、自分自身で決めないといけない。
そのとき、過去の悲しみや悔しさ、喪失感、それらの普段は隠されているもの、無意識のなかにあって自分ではもう「それがある」ということすら忘れてしまったようなものでも、それらが、「もうそういう気持ちにはなりたくない」と“そこ”にいつづけるように訴えてくる。
そういうことはあるのではないかと思います。
実は、この一連のメッセージは、1年ほどまえからわたし自身のテーマであるものと重なり、わたしも「すでに開いている扉を、自分の意志で出ていかなければいけなかった」し、いまもなお、移行期間です。
そして今回この一斉遠隔をお受けくださったかたがたも、重なるテーマをもっていらっしゃるのだと感じました。
抵抗しようとすれば、自分が芯から「変化」を納得させるための出来事が現実をとおして知らせてきます。
だから、あらがわず自然の流れに。
「変化」の最中に、またふたたび“隠されていた”過去の感情や記憶が浮上してくるかもしれない。
そういうものはいくつもの層になっているものだから。そのようにして引き戻し、揺り戻しと感じられるものがあったとしても、それは“後退”しているからではなく、“前進”しているからなのだということを、知っておいてください。
今回は、「飛ぶ」「進む」ことの怖れにつながるもののヒーリングがあったとのことでした。
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私事ですが、今日は三十三所観音巡礼に指定され、観音像の御開帳がなされている近隣の寺院を巡ってきました。
心落ち着くひとときのなかで出逢った花。芍薬、牡丹、つつじ。聖観音が手にしていた蓮の花。
――つつじが叡智を宿す花であることを、わたしは知っています。
つつじの花を眺めるとき、その花の叡智を、わたしたちは自分自身のなかに迎え入れている。
それはつつじにかぎらず、牡丹の情熱を、芍薬の清らかさを、蓮の真実を、花とつながるとき、わたしたちは自分のなかにおなじものを見いだします。
花と、植物と、自然と触れあい、対話する時間をとってあげてください。
それは魂の憩いとなります。その“憩い”を無条件で捧げてくれるものへ、感謝の気持ちとともに。
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