2026/07/01

6月の一斉遠隔ヒーリングのご報告












 6月にLuna Somniumのセッションをお受けになられたかたへの月末の一斉遠隔ヒーリング、無事に終了しております。


 まずおつたえすることとして、このたびの遠隔ヒーリングの対象のかたに、事前にお送りしたメッセージにこのようなことを記しました。一部下記に引用します。


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 本日は大祓の日です。


「大祓」には夏越大祓と年越しの大祓があり、半年に一度、つぎの半年のためにこの半年で日常生活のなかで身につけた穢れや災いを祓い浄める儀式のことです。


 年に2度の意識と心と肉体の大掃除とでもいうべきもの。


 半年間で溜まっていたストレスや疲れ、悲しみや心配、不安、悔いなど昇華しきれなかったものをリセットする日でもあります。


 この半年のなかで浮上した気持ち、頑張ったこと、思うようにいかなかったこと、手放したいもの、心の奥にある願い、すべてを一度水で浄めて、つぎの半年のための力とする日。


 今回はセオリツヒメのサポートを受け、この一斉遠隔をご縁をいただいたかたがたと自分自身のための“大祓”の場にしたいと思っています。


 楽しみに受けとられてください*


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 6月最後の日は、夏越の大祓の日であり、折しも満月の日でもありました。


 二重の意味で“手放す”ということをわたしたちそれぞれにうながし、サポートしてくれる暦であったと感じます。


 今回はこのヒーリングをはじめるにあたり、青い蝶がシンボルのお香を焚きました。


 蝶は“変容”の象徴。


 みずからを信じて何度でも生まれ変わることのできる勇敢さと幸運を運んできてくれます。


 蝶がもたらす変化はすべて、「そのときの自分に必要なもの、自分のためのもの」


 今回ヒーリングを受けとられたご縁あるかたがたの半年のリセットとともに、これからの半年をすこやかに幸運にお過ごしになりますように、


 また、予期せぬことがあったとしても、なぜそれが起こったのか気づき、修正していけるように、という意図をお送りしたエネルギーに宿しました。


 大難を小難に、小難を無難に、そしてそれを幸運に変えられるように。


 みずからの本質に沿った“魂の地図”を想いだし、それぞれがその地図が指し示す方向にすすむことのサポートが入るように。


 このたびのヒーリングはこれら上記のすべてにアプローチし、作用しています。


 またそのために必要なこととして、「目に見えるものに惑わされることなく、心の目で物事を視ること」「変化を怖れない自分であること」、それらを阻んでいるもの、現在の苦しみや悲しみの原因となっている子どものころの記憶、家族間で継承されているいまの自分のためにはなっていないもの、“家”“子ども時代”というキイワードのもと、浄めてあげるといいものへもアプローチがあったとのことです。


 このアプローチにはイワナガヒメがサポートしてくれ、潜在意識に刷り込まれた悲しみを解消することを助力してくれました。


 今回は以上になります。


 毎月の一斉遠隔ヒーリングも従来のセッションと変わらず、そのときの自分のすべてで対応していますが、自身の進化にあわせてエネルギーの質、届く領域も変化し、“大祓”の場とした今回の一斉遠隔はとてもパワフルなものとなりました。


 あなたがあなたでありますように、心から祈っております。


 このたびもありがとうございました*


 よい7月を、そしてよい半年をお過ごしください*








2026/06/23

媽祖廟。海の女神、炎の祓い











 横浜中華街を散策。


 中国の海の女神を祀る媽祖廟で、黄金の龍に迎えられた。


 天に捧げるお金であるという「金紙」なる黄色い紙を最後に燃やして、火がおおきくなってゆくのを見つめていると、その炎で隅々まで浄められるようだった。





 そのあと食べたオムライスも黄色で、振り返るとこの色をチャージした日でもあったのだなと感じている。









『透鏡の幽霊』中島綾美個展 at atelier utopiano











 宮沢賢治の『オホーツク挽歌』の詩群から着想された作品群。


 波の音が響き、白い貝殻がならぶ空間で、“海”の神秘と寂寥の一瞬が額におさめられた絵を眺めるのは、標本を眺めているようでもあった。





 此岸と彼岸を寄せては返す波のあわいの静けさに佇んで。





 クラムボンという名の白いお菓子に(ポルヴォロンのことを「 私たちはこのお菓子をクラムボンと呼んでいます。」と記してあった )にも心ときめく。


 ポルヴォロンは口のなかで消えてしまうまえに、その名を3回唱えることができれば願いが叶うといわれているけれど、この場合は「クラムボン」と唱えるのだろうか、などと思いつつ美しい景色をあとにする。