2026/10/04

熊野詣(3)










 熊野の旅の最終日、すべては夢のなかのことのようで、それが熊野本宮大社にむかうときだったか、あとにするときだったか、もう忘れてしまったのだけど、


 空に不思議な太陽を見たことを覚えている。


 そもそも、そのほとんどをやさしい雨とともに過ごしたこの旅で、太陽が顔を出すとき、その都度示唆的であったし、


 この旅にかぎらず、ここ数年のすべての旅で太陽は旅を見守ってくれる存在だった。


 最後の日、ふと空を仰ぐと、薄い雲に隠れていた太陽が、顔を出してこちらを見つめていることに気づいた。


 それが不思議な太陽で、雲間から現れてもまだ薄絹の紗を纏っているみたいな色で輝き、それは強い光ではなくうっすらと雲に包まれているので目視もできる。


 真昼の月がほんのり見えたときみたいな白なのだけど、白というよりも透けるような色の太陽。


 いまにも消えてしまいそうなのに、たしかな存在感があり、そのとき感じたそれをどのように形容したらよいのかわからない。


 とにかくなにか見入られるものを感じ、見逃したくなくて瞬きもせず眺めていると、太陽はまたすぐに雲のなかに隠れた。


 けれども遊んでいるみたいに、つぎの瞬間、ふたたび雲間から顔を出す。


 太陽はまだ、神秘的な紗に包まれている。見つめていると、再度雲のなかに姿を潜め、そしてまた現れた。


 それが3回繰り返され、そのあとはもうずっと雲のなかに身を伏せて、時間が経ってからつぎに目にした太陽は、もうあの薄絹越しに見た太陽ではなかった。


 わたしは旅の初日に見た「鏡のよう」だと感じた太陽のこと、2日目に熊野那智大社で「みっつの鏡」を拝見する機会があったのだけど、そのことを想いだした。


 わたしのまえに3回現れた不思議な太陽は、あのみっつの鏡みたいだと思ったのだ。


 それはこの旅の象徴であるようにも感じられた。


 *


 旅の途中、そして帰ってきてからも、よく『道成寺』の安珍と清姫の話を耳にした。


 和歌山にその伝説が残るお寺があり、そのことから派生する話ではあったけれど、大蛇になった清姫に逃げ惑う安珍が、結局逃げきれずに火によって散る、あの痛ましい場面よりさきのことは知らないわたしに、青梅の巫女がかれらの顛末を教えてくれた。


 「このふたりは因縁のまま輪廻するのですが、道成寺によって供養され、それぞれ熊野権現と観音菩薩の化身だったことがあきらかにされ成仏されて、もとのお姿に還られるところで話は終わるんです」


 「清姫は観音菩薩の化身だったのですか? それなら、世のなかの不浄をその身に一心に背負っていたがための因果だったということなのでしょうか」


 と、青梅の巫女にいったこと。


 それから数日過ぎたあと、熊野という土地がイザナミという女神の土地でもあることに想いを馳せ、


 安珍と清姫の伝説は、イザナギとイザナミの黄泉比良坂の神話、神々の話を人間の次元に“落として”語られた物語だったのかもしれない、とふと思った。


 男に「裏切られた」と思った女が、それをゆるせず追い詰めて、相手を滅ぼそうとするけれど、魂の光に還ったとき熊野権現と観音菩薩だった、というのは、イザナギとイザナミだった、といっているように、わたしは受けとった。


 神話にはその国に住む人々の魂が宿っていると思う。


 そこで語られる痛みや悲しみ、喪失は、人間の次元に“落として”、その国に住まう人々にも影響をあたえている。


 安珍と清姫の話は、そういうことをものがたっているのではないか、と。


 清姫がなぜ“清よらかな姫”なのかと思ったとき、「世のなかの不浄を背負った存在だったのか」という自分の言葉とともに、


 脳裏に浮かんてきたのは、旅で目にした壮大で幽玄な那智の滝だった。


 あの真っ白で清らかな滝。


 もしかしたらあの滝を大蛇に見立てたのだろうか、そしてその魂が本来の光を取り戻したとき、すべてを清めるようにほとばしる、あの滝に宿る力もまた清姫に返還されたのだろうか、などと思いながら。


 清姫が光を取り戻すのと、イザナミが愛を想いだすのは、おなじことなのではないかと。


 今回の熊野の旅は、あきらかにスサノオの招きにより開かれた旅だった。


 熊野はイザナミの土地だけれども、この女神のことをそこまで意識することなく、だからこの女神の御陵だという花の窟神社のまえを2度も通りすぎる機会があったのに、「今回は違う」と感じて参拝しなかった。


 あくまでこの旅は、3日間で熊野三山のそれぞれに赴くことが目的のようだった。


 三山のそれぞれが過去世、現世、未来世をあらわしているのだという話は後日知ったことだけれど、そのときやはり今回はこれでよかったのだという自分への確認にもなった。


 あの最後の日に3度目にした太陽は、みっつの“世”のそれぞれに光を送ってくれていたのだろうか。


 清姫が那智の滝だったのだと、そして美しいイザナミの姿でもあるのだと思うと、なぜ熊野に行くことになったのか、いまになって理解し、その理解が明確に鮮明にかたちをとりはじめた。


 そしてイザナミは、たしかにこの旅にいてくれたのだとも。


 開示し、つたえられることはほんの一部だけで、多くのエッセンスは言葉にならない。でも、深い領域において、とても重大で必要な旅だった。








2026/10/01

10月のsessionのご案内










 今回は「自分には関係ない」と思われるかたもいらっしゃるかもしれないこと前提で、


 このことを記しておきたいと思います。


 先月月末のミカエルマスの日の一斉遠隔ヒーリングについて、


 「とても強力だった」というお声を複数お寄せいただいています。


 ミカエルマスの日のエネルギーは、かなり“重さ”や“ネガティヴティ”の除去、という側面が強く出ており、


 お流ししながらわたしも、それぞれのかたの“抵抗”がおおきく出てくるのを感じました。


 そしてこのような浄化が、いまとても大切であるということも、あらためて感じました。


 エネルギーワークは一期一会なところがあり、おなじエネルギーであっても条件が異なれば、現れかたや作用するものもまったく違うものとなります。


 (今回も「ご報告」に記しましたが、予定していなかった観音のエネルギーが入ってきたり、


 「ミカエルマス」という特別な日であったこと、


 その場の流れ、やってくるもの、受けとるものにまかせる、という即興的なものがかなりあります。


 コントロールしようとせず、ゆだねる。


 そうすることで、最適なものをエネルギーとしてお届けできるからです。)


 そのとき、その段階に応じて必要なものを、それぞれに受けとります。


 そのためおなじワークは2度とできないのですが、このたびのミカエルマスの日にしたようなエネルギーワークを、


 一斉遠隔という場で、できれば定期的にしていきたいとあらためて思いました。


 それがとても求められているように感じるからです。


 世のなかの状況や、それが個人にあたえている影響、


 そしてその影響が巡って全体にあたえている影響、すべては“つながっている”ために。


 ***


 セッションをご希望のかたは、


 対面セッション、遠隔セッションもともに、ご希望のお日にち、時間帯を第3希望くらいまでおつたえください。


 セッション開始時間は午前11時から午後3時くらいまでを目安にご参照くださると幸いです。


 ご予約、お問い合わせはサイトの「Contact」か、各種SNS(X、Instagram)のDMからよろしくお願いします。


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 Luna Somniumの10月のセッションお受けになられるかたへの月末の一斉遠隔ヒーリングは、31日(土)の夜を予定しております。


 日付が近づきましたら、blog、Instagramでのお知らせとともに、該当されるかたにあらためてリマインドいたします*


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 写真は熊野の旅の終わりに、船のうえから。


 振り返ると輝きに満ちた太陽が光の路をつくってくれていました。


 この道筋に案内されながら、つぎの旅へ*


 そしてすべてのひとが、みずからの“旅”の航路を"光の路"の守護とともに進めるよう祈っています。


 どなたさまもよき10月をお過ごしになられますように。





熊野詣(2)










 熊野古道の苔むした石畳の階段からはじまった2日目。


 この平衡でない自然の石のまるみに足の裏を吸いつかせるように歩かなければバランスをとることもおぼつかない階段の傍らには、遠い記憶を宿した杉の巨樹がならび、


 ただ無心で石段を登るとき、なにも思考せず、感情もなく、ただただ「先に進もう」という気持ちのみが残り、からだはそれだけを目的に自動的に動く。


 「神のおわす場所」とされているところが、その歴史が古ければ古いほど、それと比例するみたいに辿りつくことに困難を要する傾向にあるのは、


 聖域として安全に護られていること、巡礼者の覚悟が問われていること、理由はいろいろにあるだろうけれど、


 ひとつには辿りつく過程で“無心”になる必要があるからなのではないか、と思ったりした。


 その状態であってこそ、「受けとるべきもの」をあますことなく受けとることができる。


 神域の核心にいたる道筋で、そのための準備をうながされているのだろうと。


 熊野では、暗闇から光へ還る“生まれ変わり”の体験を、何度もした。


 “子宮”の沈黙と暗がりに光が射して出ずるもの。


 あの古道も“胎道”みたいなものだといわれれば、そうであるのかもしれない。


 熊野三山が“過去世”“現世”“未来世”をあらわしているならば、


 “現世”である熊野那智大社が、階段の多さのために辿りつくことが、もっともハードルが高いといえばいえるのも、なんだか意味深いことだった。


 (それでも昔のひとたちが感じただろう“難航”とは較べるべくもないだろうけれども。)


 そして那智の滝。


 ずっとあの水流がほとばしるまえに佇んで、いつまでも眺めていたいほどだった。


 動画も撮ってみたけれど、なぜだか1秒しか撮れておらず、わたしが見たその姿は、写真や動画に残っているものより、壮大で幽玄で清々しく美しかったけれど、それは自分のなかにだけしまっておきなさい、ということなのだろうと。


 霧雨なのか滝の飛沫なのか、水にやさしく包まれて、その瞬間そばには誰もおらず、わたしひとりだけの空間で、目のまえには滝があり、その滝を抱くようで、


 とても特別で贅沢なことだった。