2026/07/30

7月の一斉遠隔ヒーリングのご報告










 7月にLuna Somniumのセッションをお受けになられたかたへの月末の一斉遠隔ヒーリング、無事に終了しております。


 下記に綴りますことは、おこなったエネルギーヒーリングの説明を言葉にして掬いあげたものですが、それは一部分に過ぎません。


 言葉にできない領域、それぞれが受けとられたものを大事にされてください。


 はじめに、このエネルギーヒーリングは7月29日の満月の日を予定していたので、せっかくだから満月が起きる時間、23時36分から開始するように受けとり、ご参加くださったかたがたにはあらかじめ、夜がふけてからのヒーリングになりますので、かまわずご就寝くださいとおつたえしておりました。


 睡眠は意識がもっともリラックスしている状態であり、潜在意識が開きやすい時間であるといえます。


 つまり自分が「気づいていないけれど“ある”もの」が浮かびあがりやすく剥きだしになりやすいときなので、今回はそれを活用してあらわれる不要になっているものを調えるといいと入ってきました。


 また、暑さでダメージを負った心身、意識への癒し。


 そして不眠で悩まれているかたの「リラックスできない」「リセットできない」状態は、この世界的な過度期の状況からくる影響をかなりダイレクトに受けているので、そこにもアプローチを。


 エネルギーの施術をお受けになられたかたが、対面でも遠隔でも「すごく眠くなる」「実際に深く眠ってしまった」ということがよくあるのですが、それは意識をオフにすることで、より深い領域までエネルギーを届け、浸透させるため、解放、再生、再接続のためにそういった状態になるということです。


 セッション中に眠ってしまって「もったいない」「ちゃんと受けとれたのだろうか」と思われるかたもなかにはいらっしゃるようなのですが、それは思考による疑念であり、なんの問題もありません〇


 むしろ、睡眠にかぎらずですが「オフ」にしてサレンダーされているところに自分の「意識の外」から「自分では想定していなかったもの」が入ってくるのです。


 「睡眠」は意識のリセット。


 だからとても大事なものですが、それに悩まされているとき、意識や肉体が過度な緊張状態にあるということはいえると思います。


 エネルギーヒーリングはそれをやわらげる、緩和するもの、そして閉じている部分を開くものでもあるので、施術中、対面でも遠隔でも自然に眠くなられたときは、それに逆らわずそのままに身をゆだねて差しあげてください。


 今回のエネルギーは「のろいを解く」、それから「契約を解除する」というキイワードがもっとも優先的につたわってきました。


 「のろい」というと不安になってしまう響きかもしれませんが、誰しも知らず知らずに、無意識のうちに、いくつもそういうものを持っています。


 それは小さなものから大きなものまで。自分自身の力だけで“気づく”ことは困難なものもふくめて(しかしほんとうの“ほんとう”では、すべて自分で“知っている”のですが)。


 わたしたちはそれぞれ、みずからの眼差しをとおして世界を見ています。


 そのため、それぞれの“現実”は、そのひとがどのような眼差しで世界を見ているかを反映しています。


 自分のなかの“重さ”をクリアにするということは、視野を拡大することでもあり、肉体や意識から不要なエネルギーが取り除かれることによって“軽く”なることは、視線のひろがりを自然にうながします。


 だからこれまで気づかなかったことに気づいたり、これまでだったら選ばなかった選択肢を選んで行動したりといったことが起こります。


 だから“現実”も変わっていきます。


 「のろい」や「不要な契約」をどのくらい“重く”みずからのなかに持っているかは、自身の健康、人間関係、お金の問題、人生のあらゆる面にネガティヴな意味での力をもちます。


 今回、それぞれの段階、準備できている領域にそれを「解く」アプローチがあったとのことでした。


 また、暑さや紫外線、“外側”の混沌によってダメージを受けている心身に癒しをおくる、ということもいたしました。


 そして被災地、被災したかたがたへの祈りも。


 あえて言葉にして記してはきませんでしたが、このような機会、場においてはいつも、地球へのヒーリングも同時におこなっています。


 自分の癒しが終わったあとで、気持ちに余裕が生まれたから地球のことを考えるのではなく、話は逆で、地球のこと、そこに住むひとたち、生き物、自然のことを考え、想い、行動することでみずからの癒しもまた進むのだということを、ひとりでも多くのかたが知ってくださればいいと感じています。


 地球の状態は、そこに住むわたしたちの状態でもあります。


 住む場所をお借りしていること、そのことに敬意を払うこと。わたしたちひとりひとりが自覚的になり、自分自身をクリアにしていくこと。


 それが地球への“貢献”でもあることを。


 このたびは以上になります。


 今月もありがとうございました*


 いつもあなたがあなたでありますように。



 °˖✧



 写真は先日訪った聖なる水の場所。


 今月もいろいろありましたが、BLOGやSNSに記録として残せていないことがたくさん溜まっているので、ひとまず写真としてシェアいたします*








 

2026/07/19

天上のアイスクリーム







 去年の11月、遠出で遊びにいったさきの通りがかったアイスクリーム屋さんで、その月限定の「あめゆき」というフレーバーが販売されているのを見かけ、おそらく「あめゆじゅとてちてけんじゃ」からきているのだろう、敏子の祥月命日がある月のためにつくられた“天上のアイスクリーム”に心惹かれた。


 友人たちと一緒だったこと、先を急いでいたこともあり、一瞬ガラス越しの店内に目をやってそのまま通りすぎてしまったけれど、


 これから日が昇るにつれ気温が上昇してゆくのだろう予感に包まれた、こんなまっしろな夏の朝にそのアイスクリームのことを想いだしてしまうくらいには「食べてみたかったな」という気持ちが残っている。


 それは綿飴みたいな甘さだったのか、それとも爽やかな薄荷みたいな味だったのか。


 そういえば去年の夏も朝がくるたび『永訣の朝』を紐解いていた。その詩と賢治について記された心ゆさぶる本を読んだために。


 そして逢う機会があった友人たちに、その詩について感じること、考えたことを聞いてもらっていたときがあった。


 だから余計に「あめゆき」という名に心惹かれたのかもしれない(あめゆじゅとてちてけんじゃ)


 季節は巡り、去年のわたしとはまたいろいろと変わっているだろうけれど、去年の夏とおなじようにアイスクリームと詩のことを想いだした朝。








2026/07/16

新盆










 言葉にしておこうと思いつつ、すっかり遅くなってしまいましたが、13日から「新盆」に入っていて、本日16日はその最終日である「送り火」の日です。


 もともとわたしは「お盆」という行事について、


 子どものころの夏休みに親の実家に帰省し、そこで体験した古くからの習わし以上のものは意識しないできましたが、


 ここ数年夏がくるたびに、日本という国の風土と日本人という系統は、自分たちが思っている以上にこの「新盆」、そして「旧盆」に影響を受けているのではないかと感じるようになりました。


 少なくともわたしには知らずにとても影響をもたらしていたので、


 だから夏という季節をいつも憂鬱に思っていたことも、それと関係していたのだということをいまは理解しています。


 「お盆に先祖が還ってくる」というのは迷信ではなくて、


 自分のDNAのなか、血のなかに受け継がれているもので「昇華されていないもの」が炙りだされやすいとき、

 それはいいかたを変えれば「自分」をとおして肉体や感情にあらわれる「家」という器の状態を受けとりやすい時期といえるのだと思います。


 敏感なかたは不調を感じることも多い時期かもしれませんけれども、


 それが「暑さ」のためなのか、自分のからだのなかで燃えているマグマみたいな「火」のためなのか、あるいはそのどちらもを要因としているのかは人によって異なるのでしょうが、


 わたしはこの時期、家にいるときはなるべく火を灯して炎を見つめる時間、

 香を焚いて煙が宙にあがっていくのを眺める時間を自分自身のためにとっています。


 お盆には「迎え火」と「送り火」がありますが、なぜ火で迎え送るのかといえば、


 神聖な火にはくすぶって黒くなった炎や、噴出して制御できなくなったそれを鎮静、鎮魂してくれる力があるからということが、ひとつにはあるのではないかと感じます。


 火をおこすことで、自分と自分の空間にある重さを燃やして浄める。


 煙をくゆらせることで、自分と自分の空間を軽くするために天へおかえしする。


 新盆は太陽が蟹座の季節にあり、蟹座のテーマのひとつに「家」があります。


 今年は新盆のあいだに新月も起きるよう配置されていた暦であったので(この新月は蟹座の新月です)、よりこの「お盆」と「家」というものから浮かびあがるものを、それぞれに経験しているのかもしれません。


 それを自分が意識しているか、していないか、気づいているか、いないかの違いがあるだけで。


 そのような話に興味がない、というかたも、今夜は火を灯してその炎を見つめる時間をつくられてはいかがでしょうか*


 できれば自身に感謝できることを、その火を見つめながら自分につたえてあげるといいと思います。


 自分自身へそれをつたえることは、みずからの背後に連なる土台、器――「家」にそれを捧げることとおなじ意味をもつことでもありますから。