2026/09/10

リメンバー・ヒーリング、完了しました









 リメンバーヒーリング、無事に完了しております。


 ご参加くださったみなさま、ありがとうございました*


 このヒーリングを八上比売のエネルギーとつながっておこなうことは、はやい段階から受けとっていたのですが、


 数日まえからエジプトの女神たちが幾度もヴィジョンにあらわれ、このヒーリングのためには彼女たちのエネルギーも包括し、融合させることをもとめられていると感じたため、


 今回のエネルギー伝達は、古代エジプトにおいてもちいられていたヒーリングのテクノロジーを採用しておこなうことになりました。


 そこに日本の女神である八上比売と、前日になってやはりこちらも突然入ってきた前玉比売のサポートを受けながら、


 エジプトの女神たちとともにエネルギーを活性化し、流していきました。


 目、ハート、全身、脳、の順番に癒しと調和を送り、


 あらゆる時間、あらゆる時代、あらゆる次元におけるそれぞれの悲しみの、いま浄められる準備ができているものを浄める。


 神聖な部分とのつながりを強化する。


 これをそれぞれお住まいの家、町や地域、日本という国の全土、地球にもひろげていきました。


 「愛と美にひらくように」とも入ってきたので、そのように働きかけることも意図しながら。


 それこそが「豊かさとつながる方法」なのだと、つたえられていました。


 “豊かさ”というのは、前回のインフィニティヒーリングからひきつづきあらわれていたキイワードです。


 大切なテーマでもあるのでしょう。


 わたし自身もこのヒーリングですごくすっきりしました。


 体感など感じないという場合も、エネルギーは正常に伝達されていますので、ご安心ください*


 今回は以上になります。


 上記の説明はこのヒーリングのほんの一部分ですので、ご自身の感覚、受けとられたものを大事になさってください。


 またこのような機会を設ける場合は、BLOG、Instagramのほうからお知らせいたします。


 ありがとうございました*









2026/09/09

“沈黙”










 夏の記録(Ⅲ)


 八幡山古墳。


 この古墳は2年まえに行田を訪れたさい、偶然目にした案内地図で知り、


 当初の予定にはなかったけれど「行きたい」と思い、その気持ちにしたがってむかった場所だった。


 「前室」「中室」「奥室」の3つの部屋がまっすぐ一列にならぶ構造全体において、巨岩が精巧に積みあげられ、組みあわされており、


 手がこんでいることがすぐにわかるその古墳の現存状態、迫力やおおきさに感動したのはもとより、


 石室の内部を自由に歩いて見学できる(開放は土日祝日のみ)ことに驚いて、


 同行していた古墳が大好きな父は、わたしよりその方面に詳しいこともあり、まったく予期せずあらわれたこの八幡山古墳に、当時いたく感動していたことを覚えている。


 (かれのなかでは、これをきっかけに古墳への情熱が過去最高に高まり、そののち奈良へ古墳巡りの旅に繰り出したほどだった)


 そしてそのとき父がいっていた言葉がいまも、褪せずに記憶に残っている。


 “聖なる”場所は天に宇宙を映しだすように設計されているという話。


 有名なキトラ古墳や高松塚古墳が円形にアーチを描いているのもそれをあらわすものであるし、


 文明において世界的にも、“聖なる”場所とされる建築物はそういう構造を内に外にもっている。


 つまり、天に星があり、太陽と月があり、“宇宙”とつながる場所としての聖域として、それらはあるのだと。


 この八幡山古墳にも、それを感じると。


 そんなことをいう父の顔を、思わずまじまじと眺めてしまったこと。


 それは父の言葉というよりも、かれをとおして渡されたメッセージのように感じられた。


 そして“天井”に宇宙や星々を仰ぐことのできる、いくつもの“聖なる”建造物のことに想いを馳せた。


 「死」とともに還る場所。


 「生まれる」まえに存在する場所。


 それを“想いだす”ための装置。


 こんなことを書きながら、先日あるかたから「わたしたちはみんな、この命を終えたらどこにいくのだと思いますか?」と訊ねられ、それについて思うこと、浮かんでくることを答えたのだけれど、そのことを思い出したりもする。


 石室のなかの“暗闇”は、沈黙に満ちていた。


 あるひとはそれを「ボイド」といい、あるひとはそれを「コズミック・ウーム」と呼ぶのだろう。


 またここに来ることができてよかった。


 “沈黙”への帰還。





2026/09/08

佐喜多萬









 夏の記録(Ⅱ)


 さきたま史跡の博物館。


 器、鏡、勾玉、剣、埴輪などの古代の埋葬者に捧げられた出土品。


 いにしえの記憶を宿し、さだめられた“持ち主”によってのみ力を発動する、神具であり呪具でもあるもの。


 そういったものに昔から惹かれ、年々それが深まるのを感じる。


 その形や象徴にこめられたもの。


 畏怖、秘されたものごと。


 所蔵の国宝、金錯銘鉄剣は、以前訪れたときはレプリカ展示だったので、この目で拝見するのははじめて。


 剣には115文字の銘文が彫られ、その文字はすべて金で刻まれている。


 そこに浮かびあがる記録によって、伝説と現在を結びつける剣。


 不意に博物館の建造物のなかに、ひっそりと配置された鏡文字を発見する。


 石に刻まれた文字が、柱の“鏡”に映しだされると、「佐喜多萬」となる。


 さきたま。


 埼玉の県名の由来となったその響きは、


 古事記に登場する女神「前玉比売命(さきたまひめのみこと)」のことであり、万葉集に詠まれた歌のことでもあると聞いたことがある。


 ――佐喜多萬(埼玉)の 津に居る船の 風をいたみ 綱は絶ゆとも 言な絶えそね


 そして「さきたま」は「幸魂」でもあり、調べてみたら前玉比売命も、幸福と宝玉の女神であるとのことだった。


 古墳のうえにつくられた前玉神社のご祭神でもあり、この日うかがうと、境内では数多の風鈴が風に揺れ、透きとおる澄んだ音で迎えてくれた。


 頭上でいっせいに奏でられる音。


 夏の記憶。