2026/05/25
日野まき個展『ふりかえってみると』 at コトリ花店
花にあふれた白い部屋の壁に佇む少女たち。
すぐそこに迫る夏の陽射しに身を翻してひんやりと透きとおったその部屋の温度と、彼女たちの温度が通いあっていて、そこは彼女たちが棲むために用意された森の奥の秘された“部屋”のようだった。
今年も再会できたholy gardenのカシワバアジサイ。
また逢えたことが、なにかの約束の成就のように感じつつ。
フランスガム個展『桃幻花』 at 草舟あんとす号
季節の揺らぎにあらわれた、桃源郷の入り口。
ガムさんの「桃源郷」は安曇野からはじまっていて、去年月とビスケットさんで開催された今回の「桃幻花」のプロローグ的な展示にもとても興味を抱いていたので、わたしも大好きなあんとすさんでこうしてまたその「つづき」を拝見できたことが嬉しい。
月とビスケットさんでの展示の準備期間のさいに、ガムさんと「桃源郷ってなんだろう」という話をしたこと、ガムさんが“水”のきれいなところはその場所につながっているように感じる、ということをいっていたことを覚えている。
今回わたしがうかがったのは、桃源郷の入り口が閉じる直前の最終日。
フィナーレの祝いのように、やさしいかたが祝杯の準備をしてくださっていた。
日没にholy gardenのお庭で杯を酌みかわしたとき、桃源郷で輪になって盃をかわす乙女たちの絵と現実の風景が重なり、あちらとこちらが溶けあっているのを感じて、それはとても幸せなことだった。
“異界”に舞うひとときに、天女気分で帰路に。
“あちら”(そして目には見えないけれど、きっと“こちら”にも)に咲く桃幻花の手引書をおみやげにして。
ガムさんの作品の絵も好きだけれど、言葉も大好きで、どちらにも彼女の人柄がつくるやさしい“影”が浮かびあがっている。
2026/05/23
記憶の巡礼
母の誕生日の日、夜は両親と食事の約束をしていて、そのおなじ日の昼に、子どものころの記憶の巡礼をしようと、それをしたほうがいいと数日まえから自分自身が囁いてくるのを感じ、それにしたがうことにした。
幼少期に縁のある場所を巡ることで、自分自身の子ども時代の鎮魂すること。
どうしても足を運びたかった公園があって(わたしが「そこに行きたい」というよりも、「行かなければ」とうながされて)、そこが最初の目的地。
小学生以来だというのに、場所も景色もしっかりと覚えていた。
なにも変わってない。
子ども時代によく遊んだ友人の家がこの公園の近くにあったなと思いつつ、記憶にしたがって道を歩いてゆくと、また別の公園に行きあたって、その場所自体は覚えていたけれど、どこにあったのかはうろ覚えだったから、なんとなくで進んでいた道のむこう側に懐かしい(そしてすこし切ない)その場所を発見したときのはっとした気持ち、
辿りついたときに自分のなかから湧きあがってきた、当時の忘れたかったこと、でもいまは感情をまじえず俯瞰的に見つめることができる想い出の断片が、記憶だけでなく、物理的に訪れることで肉体的に回収されたことを思えば、ほんとうはこちらこそが目的地だったのかもしれない。
ここにも“獅子”が。
そして出迎えてくれたパンジーたち。
自分のなかに封じていたものが浮かびあがってくる。そのために赴いたこともわかっていた。ここ2年ほど、ずっとこのような“記憶の巡礼”をしようと思いつつ、できなかった。時機はいま。自分に自分がそれをゆるしたから。
そこからすぐ近くにある神社にもお詣りをしに。
幼いころ、この神社のすぐそばでよく遊んだこと。
この神社のことは去年の初夏ごろにも想いだし再訪していて、そのときも思ったけれど、やさしくてやわらかい女神のエネルギーが感じられる場所で、境内にいるととても安心する。
公園とこの神社を巡っておしまいと思っていたのに、せっかくここまできたのだから、すぐ近くにある通っていた保育園に、昔住んでいた家があるところに、と足をのばしているうちに、どうせなら卒業した小学校にと、心がうながすままにむかっていた。
小学校をあとにすると、そのすぐそばにある神社に。階段途中の狛犬さんにご挨拶。
こちらの神社も、わたし自身との縁が深い場所。
最後に“森”へ。
幼少期の鎮魂もこめて巡っていたからか、春になるとこの森に遠足にきたことを想いだした。
ピクニックをした広場の芝生は一面のシロツメクサ。
雨が降っていたからほとんど人の姿もなく、あの森のあるじだとひとり決めしている巨樹の下にわたしだけ。
子どものころもおなじように、この巨樹を仰いだ。
なにも変わっていない。でも幼いころに見あげたそれより圧倒的なおおきさは感じず、それだけわたしが“おおきく”なったのだと思った。
子どもの足ではとても遠かった場所と場所が、いまではこんなにも近くに感じること。
古代の記憶が眠る森と、わたしの過去の記憶が振動して、いつもとはすこし違う気持ちで樹々の合間を散策した。
子ども時代の“かつて”をぽろぽろとあふれさせながら。
一日中降っていた雨は鎮魂のために。
雨は好き。雨はいつもわたしにやさしく、大切なときには雨が降り、そのことを教えてくれる。ずっと子どものころから。
ぐるぐると巡っているうちに、歩数計は1万5000歩近くなっていたけれど、これだけ移動してもまだそのくらいの歩数なんだなと、いまは自分の足でどこにでも行けるんだなと、そんなことをあらためて思ったりした。
なぜそれをするのかわからないけど、したいと思ったからする。この記憶の巡礼もそう。
想像以上、自分が意識している以上に、これをしてよかったことがわかる。心がとても喜んでいることを感じるから。
2026/05/20
人身御供の回避、言葉による霊的な意図
去年出逢ったばかりのひとだけれど、すこしお話しただけでお互いにすごく共通するテーマをもって生きてきたことがわかり、思いがけずあまり人にいってこなかったようなことをいってしまう相手がいて、彼女のことをまだ「友人」と呼ぶには図々しいかなと思いつつ、おなじテーマをもっているひとというのはとても縁のある相手であると思うから、これからも親しみを重ねていければと思っているのだけど、
彼女は『月の片翅』を読んでくださっていて、そこに彼女自身のテーマでもあるもの、双子、新月と満月、蝶、鏡、泉といったものを見つけ、ご自身と連動するものを感じるという話になって、わたしのテーマのひとつに昔から「少女と乙女」があり、彼女もまたその主題をもっていて、彼女と出逢ってから、過去のものになりつつあるそのテーマがわたしのなかで再燃するのを感じてもいる。
『片翅の泉』の展示に、過去のわたしが“少女”と呼び、わたしを“乙女”と呼んでくれた女の子がきてくれたのも、そのつながりのひとつ。
(もっともあの子はわたしのなかでこれからもずっと“少女”であり、わたしもあの子のなかでは“乙女”であるのだろうけれど)
おなじテーマをもつそのひとと先日お話しながら、新月と満月は少女と乙女であるのかもしれないなと自分のなかに感じるものがあった。
そのひとにお話したことが、そのひとという鏡をとおしてあらためて自身に反射する言葉でもあったから、ここに一部残しておこうと思った。
(下記は彼女に宛てたメッセージに加筆修正して、わたし自身のことにだけフォーカスし、そのために補足しておく必要があると感じる文章を書き加えてあります)
***
もうずいぶんまえになるのですが、自分のために物語を書いていたときがあり、そのなかのひとつに『蝶のうたた寝』という話があって。
その当時のわたしはすごく“閉じて”いて、話も必然的にそういう方向性になり、でもいまなら、そのとき、『蝶のうたた寝』では書けなかったものが書けるかもしれない、書けるだろうと『月の片翅』を書くことにしたんです。
『蝶のうたた寝』は男女の双子の話で、幼いころに彼岸へと旅立った相手と夢で逢う、そして現実で生きることを選び、夢のおわりに少女時代を終わらせる、みたいな感じで『月の片翅』とも骨格としてはおなじ構造をもっていて。『月の片翅』の内容や文章自体はもちろん、片翅の泉のために書き下ろしたものですが。
もともとわたしのテーマでもあるんでしょうね。『蝶のうたた寝』のほうは実話とまではいかないものの、自分自身のエピソードをすこしまじえた話でもあったのですが、『月の片翅』がその進化形的なものであるなら、片翅の泉以降、あの話がわたしの自伝だと思っていらっしゃるかたが多数いらっしゃるらしく、あなたもあれを読んでいると言葉がわたしの声として再生されるといってくださって、それだけ自分のなかの“泉”に深く潜り込んで書いたものであったのかもしれませんね。
そして縁のあるかたがそれを拾って、受けとってくださっているのだと。“泉”の底でつながっているものを。
そのとき、“わたし”の物語は、“あなた”の物語にもなる。
今回は女の子の双子の話で、『蝶のうたた寝』とはその点あきらかに違うところがあるのですけれども。
昔書いた話は少女の成女式というか――成女となるための通過儀礼的な昔話、『うりこひめ』とか『猿の婿入り』とか、いまではマイナーになっているそういった昔話と成女式、人身御供をからめた民俗学の本を大昔に読んだことがあって、それがすごく自分のなかでぴんときて、そのモチーフ、テーマをもとにしたものを綴ってみたいと思ったのが、おそらくわたしが物語というものを書いたはじめでした。
「人身御供になるさだめの少女が自分を生贄にするはずだったはずの神の“神殺し”を決意し、それがなされたとき、現実に生還し、そうしたプロセスのもとではじめて“女”となって“幸せ”に生きることができる」という構造が成女式の物語、昔話にはあり、自分のなかにそのテーマを必要としていて、自身の「物語をものがたる」ためにこそ、そのテーマをモチーフに書いていた。
だから『蝶のうたた寝』のとき、語り手の少女に対応する相手、いわば“神殺し”の相手は少女の双子の弟――少年だったのですが、『月の片翅』はそのテーマをすこし進めて、自分と自分、新月(陰)と満月(陽)の統合的なことが書きたかったのだと。
書いているときはほとんど無意識で、自分で文章をコントロールすることもできないので(おりてくるままに流れにまかせて書くから)、いまにして思うとですが。
***
この神(ここでいう“神”とはほとんどの場合“邪神”としての神であり、それは“魔”であるともいえる。そして“魔”は人間を甘く惑わす。その「惑わし」のほうが真実であるかのように)の人身御供となるはずだった少女が“犠牲”を回避するために“神殺し”をして現実に帰還する、そして“少女”は“女”となる、というテーマは、これもいまにして思えば、わたしのこの人生におけるおおきなテーマであったことがわかる。
だから自分のためにその物語を書き、自分自身に語って聞かせて、ひとつの“柱”をつくり、みずからに“預言”していたのだろう。そのためにわたしは過去に『夏の鳥籠』を書き、『蝶のうたた寝』を書いた。
自分では知らない自分、自分では意識していなかった奥深くにある自分は、とっくにそれを知っていて(“それ”にかぎらずなんでも知っていて)、だから言葉はわたしの意志をこえたところから、いつもやってくるのだと。
『蝶のうたた寝』を書いたとき、とても不思議なこと、物語がわたし自身の現実と融合して立ちあらわれるような、神秘的な出来事があった。
そして今回の『月の片翅』もあのときとおなじようなことが起こっている。
「月の片翅は預言書のよう」だといってくださったかたもいた。
きっとそのとおりなのだ。わたしにとって過去に綴った物語が現在につながる、ここ数年の自身の“預言”であったみたいに、そういってくださったかたのなにかに触れ、示唆されたものがあったのだと思う。
きっと読んでくださるかたはそれぞれわたしとも縁のあるかたなので、そのつながりによって受けとってくださっているものもあるのだろうと、展示から2か月が過ぎたけれど、ありがたいことに先日またご感想を聞かせてくださったかたのお話から、感じるものがあった。
わたしの祈りのなかに、わたし自身もそうだけど、縁のあるかたを「人身御供」としない、というものがあるのだと気づいた。そのためにそれぞれが陰と陽を統合する必要もあるのだと。
「読む」ことによってそうなってゆくように。これまで書いた本や物語は、みんなそのための意図をもっていると。
それぞれの無意識のなかに、その「意図」を言葉によって置く。そして結び目をつくる。
言葉というものに宿した霊的な意図も、それによって読み手のなかに流れるエネルギーも無数にあるけれど、「人身御供の回避」はわたしのもっともおおきな意図であることを、物語というものをはじめて書いたときから知っていた。
その「知っていた」ということを再認識、再確認するここ最近の流れ。
我ながらまとまらない文章、そしてぴんとこないかたにはどこまでもぴんとこない話だとは思うけれども、わかってくれるかたがわかってくださればそれでいいのだと、おおやけにするために書きはじめたこの言葉は、いまのわたしのためにも書いたものであるのだと思う。
「今世では“人身御供”にならない」
――とにかくそれがわたしの今世のもっとも優先されるおおきなミッションだったらしく、そのために生まれたときから幼少期、そのあとのさまざま、ここ数年に至るみち、すべてのことがその難題をクリアにすることをいちばんの目的としてあったことなのだと、おなかの底から納得し、そのたびにあたえられたものは、それをこえるための課題だったことが、いまになればわかった、という個人的な話でもあり、
その過程でエネルギーを扱うことになったのも、また必然的な流れだったならば(クリアリングやヒーリングというものを知らなければ、とてもではないけれど生まれたときからもっていたみずからの“重さ”をどうすることもできなかったと思う)、これからも必然的な流れを自分がゆくことを、もうすでに知っているのだと、
そしてそれはぜんぶ“ただしい”のだと、これはそのための霊的な意図として自分自身のために書いたものでもある。
ほんとうの意味での“決別”の表明ともいえる。これが真実、“最後”だと。
一度それをはっきりいっておかなければならないと思った。
そして「真実、“最後”」にするために、わたしはさらにわたしのなかの未昇華であったもの、あるものを、昇華させてゆくだけであること、ただそれだけでいいのだと、自分から答えがもたらされた。
ここ何年も、どのように判断したらいいのかわからず保留にしていたものも、すべてそこにつながることをようやく了解し、心からすがすがしい気持ち。
未来はあかるいことを知っている。信じている、ではなく知っている。ようやくここまでくることができたのだから。お疲れさまと自分にいってあげたい。そして、ほんとうにありがとう、と。自身の“外”にあって、手放すもの、手放してきたものにも――“魔”としての役割を担い、自分を苦しめていたものにさえも――大変お世話になりました。おかげさまでたくさん学び、成長できました、と。
言葉はそれを放つひとが昇華されるごとに、言霊の力の断層を深くする。そして光(こ)透(と)波(ば)になる。
生まれたときから持っていただろう(持ち越していただろう)わたしの、“ミッション”とはまた異なる領域にある“祈り”が、“言葉”のほかにもうひとつあるらしいことに気づいたのは2年とすこしまえのことで、そのヒントはわたし自身の子ども時代から散りばめられ、示されていたのだけれど、やはり自分がある段階になるまでそれを顕在意識では知らなかった(潜在ではもちろんとっくにずっと知っていた。でもある段階までクリアリングされるまで“目隠し”していたこと)
そちらがこのさきどうなってゆくかわからないけれど、すべては必然であるし、昇華されてゆけばどうであれ“ただしい”ほうにゆくのだと、自分が知らない自分はすでに、知っているのだろうから。
大切なのは執着を溶かしてゆくこと、未練を残さないこと、そのために潜在にあるものをふくめてクリアにしてゆくこと。“怖れ”ではなく“行動”を選ぶこと(大前提として、もちろんそれは“怖れ”によって突き動かされる行動ではなく。怖れによってしか行動できないのだとしたら、まず大量にクリアリングしてあげるといいものがあると思ったほうがいい。それは“悪い”ことではなく、それだけそのひとの“悲しみ”が深いのだ)
そうすればどうであれ、自分にとって“ただしい”ほうにゆく。それを自分が自分に証明してくれている。
2026/05/17
北極星、北斗七星
去年の終わりごろから、なぜだか行かなければいけないと思っていた場所、千葉神社へ、今月のはじめに。
「なぜだか」そう思うことには、かならず意味がある。そのときそれがわからなくてもいい。
最初の直感から半年ほど要したけれど、その期間は自分自身の準備期間でもあったのだろうと。
半年のあいだに「行かなければならない」はますます強くなって、そしてその機会に恵まれた。
千葉神社は北極星をつかさどる場所であり、つたわるふたつの紋は「神紋」と「社紋」、それぞれ表と裏をあらわしているとのことで、表の紋である神紋は月星紋だった。
『この紋は北極星の差配する天空の星々のなかで、日・月・星(じつ・げつ・じょう)のみっつの光をあらわした紋となり、もっとも外側の輪郭部が「太陽」をあらわし、左上のちいさな円を隠すと右下に「三日月」があらわれ、逆に三日月を隠せば左上に小さな「星」が残る。「人の生活におおきな影響を及ぼす太陽と月、そのほかの諸々の星々、これらすべてを北極星がつかさどっている」ということをあらわしている』
というような説明がお宮の説明ではなされてあった。
「日月星」――自分ではそのつながりを感じてうかがったわけではなかったけれど、今年1月訪れた富士の泉の旅で案内していただいた場所のことを想いだした。
わたしの蝶の器の“片翅”が“割れた”場所のことを。
あの場所に忘れ物をしてきたように感じてもいて、もしかしたらまた訪れるのかもしれないと感じている。
北極星、北斗七星の「北」は、五行のうちの「水」に配置された方角であるため、水にまつわる玄武、白蛇、亀などはその「使い」とされ、千葉神社の境内には亀(玄武)のかたちをしたおおきな撫で石を見ることができた。
また、湧水の霊泉も。
そして対の獅子の像(狛犬とは呼ばないらしい)。
獅子がわが子を千尋の谷に突き落として鍛錬したという太平記の故事をもとにつくられたとのことで、やはりおなじ故事からつくられた『連獅子』を思い浮かべた。
先月、『連獅子』を鑑賞してから、牡丹の花といい、どうしてか“獅子”のテーマも繰り返しあらわれている。
その理由を探り、あれこれなぜだろうと考えるより、いまは「そうなんだな」と胸にとどめておくこと。
この千葉神社にて、はじめて「御祈祷」というものを受けた。
これまでそうしたものを受けたことがなく、そうしたいという気持ちになったことも決定的にはなかった。でもここでそれを受けたい、受ける必要があると、うかがうまえから強く感じていた。
理由はわからないけれど、そう感じるからする。ただそれだけ。
よほどなにかの縁がある場所なのだと思うし、またうかがうのだろうとも思っている。
2026/05/15
虹
記録しないでいるうちに、ほんとうにすべてのことがあっという間に過ぎ去ってしまう。
先月の終わりに、ほんの一瞬空に見ることができた虹のことも。
その日、いらしてくださったお客さまはちょうど1年ぶりにお顔を見せてくれたかただった。
彼女はわたしがsessionをはじめたその最初から、規則ただしいルーティンのようにほぼ月に1度いらしてくだり、間が空いたときでも3か月以上は空いたことがなかった。
けれども去年の4月、いつものように施術を終えて彼女を見送ったあと、「あのかたはもういらっしゃらないかもしれないな…」と漠然とした予感めいたものを感じ、そのとおりそれ以降、2019年の秋から周期のごとく顔をあわせていた彼女の姿を見なくなった。
理由はわかりすぎるほどわかっていた。
彼女が「みずからの“問題”の核心」に近づく必要性を、自分自身からもとめられる段階に入ったからだ。
自身の“外側”に闇を見つけることはたやすい。
“闇”という言葉でなくとも、自分以外のものからもたらされるものによって、悲しみや怒り、不満や寂しさを感じるのだと、わたしたちは思っている。
けれどもそれをつくりだしているのは、自分自身でもあるのだということ――
自分がなにに“反応”するかが、自身の心とからだが教えてくれるメッセージでもあるのだということ。
その“反応”するものが、自身のなかにも「ある」のだということ――
世界は「ひとつ」ではなく、そのひとの段階、階層、つまりは眼差しの焦点やありかたによって変化する。ひとりにひとつ、世界はある。
だから“外側”にあらわれるネガティヴティを溶かしたいなら、みずからの闇こそを精査することをもとめられる。
しかしそれを見つめ、触れるより、「現状」のなかに留まっていたいと誰しもが思う。
それはしかたのないこと。人間の脳の構造というのは「変わる」ことを「怖い」と感じるようにできている。そしてその抵抗力は、自分が意識しているよりもとても深くておおきい。
無意識の抵抗力は現状維持のためなら、どのような理由も生みだしてしまう。
そして彼女も「“問題”の核心」に迫ってゆく段階になって、外側や他者より自分自身を精査しなければいけないと、彼女のなかの“光”では理解していることが見てとれた。
その領域と思考とのあいだに葛藤が生じていることが。
彼女自身はそれを意識していなかったかもしれない。渦中にいるとき、みずからを俯瞰的に見つめるのは至難のわざだし、またそのためには、まずは自分を徹底的に精査することが重要なことでもあるから。
だからこそ、“外側”に受け入れがたいことがやってくる。
そしてそれを見たくない、蓋をしたいという気持ちも、わたしには充分に理解できた。わたしもそういう段階をいくつも経験してきたことから、彼女がどこかのタイミングで長期間いらっしゃらなくなるだろうときがくるだろうことを初期の段階から感じていたし、実際にそのような段階に入り、このままもうお逢いすることはないかもしれないなと思っていた。
もしまたやって来るとしたら、孤独と戦っていたであろう彼女が別の段階に入ったときか、ほんとうに緊急事態のときか、いずれかだと。
ひさしぶりに対面したとき、彼女がおおきな殻を破ったのだということをすぐに感じることができた。
それは見るからにあきらかで、わたしは彼女が彼女に還ってゆくための旅を彼女自身が進んでいることを、とても嬉しく思った。
sessionが終わり、彼女を見送ったあと、雨あがりの空に虹が出ていて、わたしはそれを「祝福だ」と思い、一瞬の光景を写真のなかにおさめると、彼女にそれを送った。
誰かを祝福することは、自分自身へも祝福を贈ることだ。
逆もまたしかり。
彼女のための祝福は、いつかのわたし自身へ贈る祝福でもある。
その日が旧暦の3月11日、勝頼公のほんとうの意味での祥月命日だったことを、虹が消えてから想いだした。きっとそれも、なにか意味のあったこと。
双子のかたわれ、あるいは少女と乙女
いつか、少女という生き物について「空を飛ぶことを祈りながら背中に羽がある自身を疑い、反世界に出奔しようとするのが少女。」と綴ったことがある。
当時の言葉にしたがうなら“少女”――いつもその肩越しに“空”を感じるひとから、双子の薔薇のかたわれをいただいた。
彼女が手ずからおつくりになられたもの。
ちなみに「夢を見ることを願って心臓に翅がある自身を信じ、世界を空想しようとするのが乙女。」
少女と乙女はずっとわたしのおおきなテーマのひとつだけど、最近またあらためてそれを意識することがつづいていて、これはどういうことだろうと観測している。
***
少女は拒絶する、乙女は受容する。
世界を、時間を、他者を、そしておそらく自分自身を。
自分を縛る何者かに首を横に振り、
ときにはおのれの美しささえも拒み背け、
空を飛ぶことだけを祈り、
その背中に羽がある自身を疑い、
反世界に出奔しようとするのが少女。
自分が愛す何者かに首を縦に振り、
ときにはおのれの穢なささえも迎え入れ、
夢を見ることだけを願い、
その心臓に翅がある自身を信じ、
世界を空想しようとするのが乙女。
少女は高潔で勇敢。乙女は慈悲と夢。
(大昔のアリス・リデルの誕生日に記した言葉から。――そのころのわたしにとって“少女”はアリス・リデル、“乙女”はクシー・キッチンでした。)
***
『月の片翅』
©Yume tsukino
©yukane
桜貝の蝶
清らかな心でいつも世界を見つめたいと祈るかたから、海辺でご自身が拾われた桜貝を贈っていただいたのは、もう何年もまえのこと。
そこにこめられた想いとともに大切にするあまり、おさめられた箱と一緒にしまいこんで行方がわからなくなってしまっていた貝殻たちが、さきの新月の翌日に還ってきた。
このタイミングで。
いつからか自分が物語より物語らしい現実を生きているなと感じているけれど、世界に散らばるうつくしくてやさしいものをとおして、あらためてわたしに幾度もそのことを囁きかけてくれる。
***
***
桜のはなびらは
風とともに
天と地のあわいを
舞いながら
のびやかに流れてゆく
そしてときに
水に沈んだはなびらは
桜貝となって砂浜に流れ
土に姿をあらわし
はなびらと貝の名残を
その断片に宿した
翅を手にいれ蝶となり
やわらかな火のごとく
空へと羽ばたいてゆく
“そんなことがあるわけがない”
そう思うことでも起こりうる
“流される”ではなく“流れる”
どんなことでも起こりうると
みずからに ゆるすということ
そしてそれも
自分自身のなかに揺るぎない
おおきな樹が育まれたからこそ
できること
(――『片翅の泉』に寄せた、まぼろしの28の翅のひとつから。)
2026/05/14
『福田尚代 あわいのほとり』展 at 神奈川県立近代美術館
記録として残せないでいるうちに、遠い記憶になりつつある、けれどもそれでいて深く自分のなかに沁み込んでいる『あわいのほとり』のこと。
はじまりから読んでもおわりから読んでも、おなじ言葉の路を辿る回文は、入口と出口がおなじ場所にあることを教えてくれる迷宮の往還のよう。
一行だけが抜きとられた書物は翼のかたちに表紙の羽をひろげていた。
とどまらぬ形を捉える視線、そそがれた時間の果てしなさ。
「すくい」は掬いであり救い、と『ひとすくい』という題の作品にあらわされた泉を眺めながら、かわした会話を印象深く覚えている。
そのときわたしは「水をすくう」ということについて想いを馳せつつ、北斗七星がひしゃくの形をしていることに発想を飛ばしていた。
空のうえの“ひしゃく”から、あまねくものが受けとるために、降ってくるもの。
そのおおきなひとつは水であり、でもほとんどは目では捉えられず、それに触れても気づかなければ「なかった」ことになるもの。
“泉”もそのひしゃくによってあらわれる神秘であるのかもしれないと思ったり。
展示にご一緒した友人と後日あらためて展示作品の話になり、本展の『袖の泉』という作品をとおしても感じたことだけれど、全体的におおきな“喪失”というのも福田尚代というひとのテーマなのではないか、と友人の彼女との対話のなかで感じたことも追記のように綴っておく。
『袖の泉』は刺繍作品で、いつか刺繍の作品をつくられるかたが、「刺繍などの縫う行為を用いた作品には傷を縫合する意味を含んで解釈されることがある」と記していた文章を見かけたことも連想的に想いだされた。
「縫合すること」によって回復するもの。
福田さんの言葉は読経や真言みたいなところも感じ、彼女の回文は「あちら側」に投げかけたものが「こちら側」にこだまとなってかえってくる「往きて還ってくる」――往還を感じるのだと、そういう話に。
展示の余韻としてゆたかな対話ができたことも、嬉しかったこと。
2026/05/12
キッズ価格改定のお知らせ
Luna Somniumでは、これまで15歳以下のお子さまには、メニュー価格の半額でセッションを提供してまいりました。
このたび、それを改定し、来月から年齢にかかわらず現行のメニュー価格で施術ですることに決めました。
理由としてはいくつかあり、
ひとつは対象者の年齢が下がるごと、とくに小学生以下のお子さまに施術いたしますさいは、通常のセッションの何倍も神経と体力気力を要しますこと。
ひとつはわたし自身のエネルギーも施術をはじめた当初からおおきく変わり、それに比例しておなじメニューでありましてもお流しするエネルギーも日々刷新され、より深部に届くものになっておりますこと。
――ほんとうに日々、自分のエネルギーが変わってゆくのを感じていて、たとえばひと月経つと、また変わっている自分を感じることができます。そしてそれはエネルギーがさきに変化しているからこそ、あとから自分の現実も変わっていくのだ、ということを、わたしはすでに知っています。
自分のそのようなエネルギーの変化にさいし、循環という意味でこれまでセッション価格も適切にあげてまいりましたが、「キッズ価格」という枠組みはずっとそのまま残してきました。
しかし現在のわたしにとって、年齢で区分するのではなく、すべての対面メニューの価格を統一することが望ましくなっていることに気づいたこと。
そして最後にもっともおおきな理由となることとして。
「キッズ価格」で提供しておりました施術にクライアント、15歳以下のお子さまをお連れくださり、お代をお支払いくださるのは多くの場合、クライアントとなるかたのご両親、とくにお母さまとなります。
けれどもわたしの目から見て、お子さまよりもまずはお母さまのクリアリング、ヒーリングを優先したほうがいいのではないかと感じることがよくあります。
子どもと両親、とくに母というものは深くつながっており、それはエネルギー的にもおなじことがいえます。
お母さまが軽くなる、軽くなってゆくことで確実にお子さまにもご家庭にもよい影響があり、逆にいえば、お母さまのなかにある“重さ”を、それこそおなかのなかにいたときから一緒だったお子さまは貰い、引き受けてもくれています。
これはもちろん、お母さまのクリアリング、ヒーリングがなされていないからお子さまのほうに“問題”としてあらわれているのだ、ということをいいたいがためのものではありません。
お母さまであるそのひとも、またその両親のなかにあったものを貰い、引き受けてもいるからです。そして辿ってゆけば、祖父母、またその両親と脈々とつづく血の系譜があります。
わたし自身も自分の両親がエネルギー的に軽くなってゆくごとに、確実に自分にも影響があることを感じていますし、その逆もまたしかりなのでしょう。
「家」というものに引き継がれる“血”のなかに、自分に影響をあたえるものが多大にあり、自分が軽くなってゆくと、現実的に“血”自体も変わってゆきます。
「自分」が軽くなるから、「自分」が変容してゆくから、まわりも変わってゆく。
さきに「自分」があり、あとからそれが「外」にも波及してゆく。
「キッズ価格」というものを設けたのは、その当時のわたしの完全なる善意と配慮からでしたが、かえって「母」という立場にあるかたを「母親」という役割に縛り、ご自身よりもお子さまを優先させてしまう制度だったかもしれないと思うようになりました。
自分よりさきに愛をむけたい相手、幸せになってほしい相手がいることそのものは、とても尊いことだと感じます。
けれどもセッションをとおしてのわたしの祈りは「あなたがあなたであること」であり、そのときだけは、自分の役割、母、妻、あるいは娘という役割の外で「あなた」を感じる時間にしてほしいと最近、明確に思うようになったのです。
もちろんセッションのなかでどのようなお話をしてくださっても大丈夫ですし、それが「役割」についてのことだったとしても、わたしにはどのようなお話であってもそこにクライアントのなかにある“光”を感じ、いらしてくださるかたはほんとうに聡明でやさしいかたたちばかりだなと日々感じている次第です。
ただ、ご依頼にさいして「キッズ価格」というものが弊害になり、かえってご自身の施術を遠ざけられることがある、ということを去年、おととしくらいから感じてきました。
そこにわたし自身もより成長したことも相まって、今回の改定を決めました。
なお、現行のセッションメニュー価格に変更はありません。そのうちあるいは遠隔の価格を対面とおなじにしてゆく流れがあるかもしれませんが、まだわたしのほうの準備もできておらず、しばらくはそのタイミングではないので、いまのままとなるかと思われます。
そしてここまでの記述と矛盾すると思われるかもしれませんが、自分のなかに“問題”があるからエネルギーワークを受ける、というありかたから、エネルギーが変化してゆくごとに軽くなり、活力が出て元気になってゆく、自分ができることが増えてゆく、自分のなかに眠っていたものに気づいてゆく、だから現実が変わってゆく、というありかたに変わるタイミングというものがあります。
だからエネルギーワークを受ける、という「ありかた」に変わるときが。
わたし自身もメンテナンスというものをとても大切にしており、それを「維持すること」の重要性、維持したものを安定させることによって自分自身の軸は深く強くなってゆくのだと感じています。
「外」の混沌に「巻き込まれる」のではなく、
「内」なる愛を「波及して」ゆく。
どうかそのような「ありかた」を。
記録として書いておきたいことはたくさん溜まっているのですが、取り急ぎ優先的にお知らせする必要があることをさきにと思い、これを綴りました。
繰り返しになりますが、改定は来月からとなります。
どうぞよろしくお願いいたします。
2026/05/02
A dateless -Melody- 一篇の詩に聴く
満月を待つ晩に、ランプの灯りだけで満ち、そこに生じる薄闇のぶんだけ、みずからの内側の扉を開けてその奥に入ることをゆるされた空間で、自分自身のなかからあらわれる音をつなげ、それを安心して声に、言葉に、即興の透明なかたちにする。
やわらかに通りすぎてゆきながら、芯をもって残り、余韻にこだまする声によって朗読され、立ち昇る音に心を澄ます。
エミリー・ディキンスンの一篇の詩を聴く。
ミュゲの日でもあった日、集ったひとたちの中心には鈴蘭の花が。豊かさと安らぎを感じるほど、静けさが深くなることを味わう一日でした。
2026/05/01
5月のsessionのご案内
5月のはじまりは満月の訪れとともに。
今夜の日づけ変わってすぐに迎える満月の影響をすでに感じています。
天体現象や目には見えない領域のenergyのことをのぞいても、寒暖差や気圧の変化、天候の変動によって自律神経も乱れがちになりやすいのではないかと感じます。
そこにこの満月もあわさって、怒りっぽくなったり焦りが出てきたり、自責の念が湧いてきたり…といったことが生じやすい印象です。
自他に厳しくなりがちな視線をやわらげて、自分自身の内側の静かな聖域のなかに入る時間を大切にしてあげてください。
今月は満月が2度ある特別な月でもあり、はじまりとおわりを満ちた月で迎えられ、送られます。
新月を境になにかあたらしいことに向かいたくなったり、これまでとどめていたものに向きあうことになるかもしれません。
ご自分の気持ちと流れを見てあげながら、よいひと月をお過ごしになられてください。
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【対面セッションを、土日祝日ご希望でご予定くださるかたへ】
土日祝日のスケジュールですが、現時点で確実にご予約お受けできます日は、5月3日(日)5日(火祝)9日(土)17日(日)23日(土)30日(土)となっております。
開始時間は基本的に13時以降からとなりますが、要相談でお受けできますのでお気軽にご相談くださいませ。
平日の場合、ご希望日を第3希望くらいまでお知らせくだされば、枠を設けることが可能だと思います*
お気軽にご連絡ください*(ご希望の曜日などひろくお知らせくださるほうが、枠をご用意しやすいと思います。)
遠隔セッションは夜でありましたら、ほかのご予約と重ならない場合にかぎり、なるべくご希望の日に添えるようにしておりますが、まずはご一報ください。
ご予約はサイトの「Contact」か、各種SNSのDMからお問い合わせください。
基本的に24時間以内に折り返しのご返信差しあげておりますので、もし返信がない場合は、こちらに届いていない可能性がありますため、お手数ではありますが、再度お問い合わせくだされば幸いです。
よろしくお願いいたします。
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5月、これからの予定
5月31日(日)* 今月のセッション(対面・遠隔)をお受けくださったかたへの一斉遠隔ヒーリング
一斉遠隔はそのとき必要なエネルギーが流れます。
【該当されるかたには当日、個別にご連絡差しあげます】
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それではどなたさまもよきひと月をお過ごしになりますように。
あなたがいつもあなたでありますように。
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4月に眺めた牡丹の花。
牡丹の花の古い異称を「深見草」というのは、昔のひとたちがこの花に人の心の奥の襞と深みを感じたからなのだろうかなどと思いながら。
獅子が牡丹の花に溜まる夜露を飲むことで毒となる虫から身を守ったという教えがあるらしく、百花の王といわれるこの花は百獣の王の花でもあるのだなと、先日連獅子を観てきたばかりなので感じもした。
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