「時は封建時代。諏訪の太守、春宮家の息女・瀬織姫(せおりひめ)は鎌倉初瀬寺で静かな日々を送っていたが、父の死により、お家存続のため執権の弾正と無理やり結婚させられることに。」という筋書きを目にしたときから、このタイミングで観なければなるまいと思っていた歌舞伎演目の『流白浪燦星 碧翠の麗城』へ。
おなじく諏訪という土地を舞台にした『本朝廿四孝』の八重垣姫と、本作の瀬織姫の面影が重なった。
「つばさがほしい」と、どちらの姫君もいい、それは彼女たちを象徴する台詞でもある。
けれども文字にすると八重垣姫のそれは「翅」と綴って「つばさ」と読ませるのだと、今年に入ってから知った。
つまり八重垣姫は「蝶になりたい」という意味でそのようにいっている。
対して瀬織姫の「つばさ」はおそらく「翼」で、彼女がなりたいのは鳥なのだろうと。
「鳥籠から出たい」――しかし自分で選択して役目をなすなら、それはもう「鳥籠」ではなく、覚悟と祈りであるのだと。
白狐とともに氷の湖を渡る八重垣姫。
鳳凰とともに星が輝く空を飛ぶ瀬織姫。
思いがけず泉の話でもあった本作、諏訪という土地と縁深い女神と共通する祭祀女王の側面ももっていた、米吉さんのどこまでも可憐な瀬織姫。
「あまねく泉を薬にして、人々を幸せに導く」という彼女の言葉が印象に残っている。
いま観ることができ、よかったと思う。