2026/04/17

四月大歌舞伎、十種香









 過日、歌舞伎座にて『四月大歌舞伎』を。


 お目当ては本朝廿四孝の十種香の段。


 絵姿の亡き想いびとを偲び、罪人として裁かれ正式な供養もままならないそのひとのために、自身の香道具で煙をおこし、白が昇ってゆくさきに冥福を祈る八重垣姫の後ろ姿。沈黙の背中だけで雄弁に語られるものに、胸を衝かれた。


 結果として彼女の想いびとである勝頼は生きており、この段はつぎの奥庭狐火の段につなぐ、八重垣姫のなかの“火”がおおきく燃えあがり、誰にもとめられぬ焔に育つための「煙をおこす」段でもある。


 この日は赤い服を纏って舞台に訪った。


 火の赤、八重垣姫の赤。


 つぎはいよいよ奥庭狐火の段を待ちたく、さきに十種香を鑑賞できたのも僥倖だった。


 余談だけれど、「十種香」は白檀、沈香、零陵、甘松、蘇合、薫陸、白膠、鶏舌、鬱金、青木の十の種類の香木から調合された薫物で、舞台のうえではそれが実際に焚かれるのだということで、勝頼の絵姿をまえに十種香を焚いていた八重垣姫の後ろ姿が、まぶたの裏にいまも鮮明に灼きついている。





 歌舞伎座の壁に四割菱がならんでいることに気づいたのも、演目が『本朝廿四孝』――武田にまつわるものだったからかもしれない。


 夜の部の同時演目、勇壮で繊細な『連獅子』も、おもしろうて、やがてかなしき…を体現しながらしんみりさぜず、ある種のあかるさをずっと保つ『浮かれ心中』も、とてもよかった。


 そして今日、「歌舞伎」というものをとおして自分のなかに気づきがあり、その気づきはわたしにとっておおきなものだったので、浮かんでくる言葉をととのえながらまたあらためて書きたいと思う。