2026/04/30
4月の一斉遠隔ヒーリングのご報告
4月にLuna Somniumのセッションをお受けになられたかたへの月末の一斉遠隔ヒーリング、無事に終了しております。
チェンジ。
今回はそれがもっともおおきく入ってきたメッセージでした。
自分のなかから変化をもとめられているものがあります。
変化とは「これまでとは違うやりかた」「これまでとは異なるものを選ぶ」ということですが、その「これまで」が悲しさや悔しさ、喪失感からくるものが固まって、「ここから動きたくない」と頑なに主張する過去の自分、過去からの訴えが、おそらくは誰のなかにもいるのでしょう。
「変化」はその過去の自分と現在の自分を“切り離す”ことではありません。
過去に置き去りにされている自身の声に心を傾け、それを承認し、そして“その子”の気が済むまでうずくまるのを見守ったのなら、つぎはその子の手をとり、一緒に未来へと連れてゆく。
その準備が、あなたがたにはもうできているとのことです。
それを怖がらないで。
変化は、“そこ”から出てゆくこと、飛びたつことを許可するということ。
扉が閉ざされているとき、わたしたちは「どうしたらその扉が開くだろうか」と悩み、その方法について考えます。
けれどもいざその扉が開いたら、そこから一歩踏み出すことにこそ“怖さ”を感じる。
開かない扉をまえに、ああでもないこうでもないと頭を悩ませているほうがほんとうは楽だった。それは現実的な動きをとどめ、「開かない」ことを理由に「動かない」という選択ができるからです。
でもその扉が開いたなら、その扉をくぐるのか、それともこのままとどまるのかを、自分自身で決めないといけない。
そのとき、過去の悲しみや悔しさ、喪失感、それらの普段は隠されているもの、無意識のなかにあって自分ではもう「それがある」ということすら忘れてしまったようなものでも、それらが、「もうそういう気持ちにはなりたくない」と“そこ”にいつづけるように訴えてくる。
そういうことはあるのではないかと思います。
実は、この一連のメッセージは、1年ほどまえからわたし自身のテーマであるものと重なり、わたしも「すでに開いている扉を、自分の意志で出ていかなければいけなかった」し、いまもなお、移行期間です。
そして今回この一斉遠隔をお受けくださったかたがたも、重なるテーマをもっていらっしゃるのだと感じました。
抵抗しようとすれば、自分が芯から「変化」を納得させるための出来事が現実をとおして知らせてきます。
だから、あらがわず自然の流れに。
「変化」の最中に、またふたたび“隠されていた”過去の感情や記憶が浮上してくるかもしれない。
そういうものはいくつもの層になっているものだから。そのようにして引き戻し、揺り戻しと感じられるものがあったとしても、それは“後退”しているからではなく、“前進”しているからなのだということを、知っておいてください。
今回は、「飛ぶ」「進む」ことの怖れにつながるもののヒーリングがあったとのことでした。
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私事ですが、今日は三十三所観音巡礼に指定され、観音像の御開帳がなされている近隣の寺院を巡ってきました。
心落ち着くひとときのなかで出逢った花。芍薬、牡丹、つつじ。聖観音が手にしていた蓮の花。
――つつじが叡智を宿す花であることを、わたしは知っています。
つつじの花を眺めるとき、その花の叡智を、わたしたちは自分自身のなかに迎え入れている。
それはつつじにかぎらず、牡丹の情熱を、芍薬の清らかさを、蓮の真実を、花とつながるとき、わたしたちは自分のなかにおなじものを見いだします。
花と、植物と、自然と触れあい、対話する時間をとってあげてください。
それは魂の憩いとなります。その“憩い”を無条件で捧げてくれるものへ、感謝の気持ちとともに。