やさしいかたたちからの贈り物に忍ばされた、雪と蝶の気配。いまもこれからも、自分と深く関わり、結びつきをもつもの。
そういう“鍵”のひとつとして。
『あさがくるまえに』の巻末。
扱う者が「それをどのように扱うか」で、そのひとやそのひとの周囲にもたらす影響を決定する。
刃物は誰かを傷つけることもできるし、それを使って自分や誰かのためのおいしい料理をつくることもできる。
言葉もそういうものだと思っている。
言葉も刃物も、“誰か”だけではく、自分を傷つけることもできる、というのはおなじこと。
“魔法”というのは、「扱うもの」それ自体にあるのではなく、それを「どのように扱うか」というそのひとの“ありかた”に宿るもの。
「なぜそれをするのか」という意図、そして意図のなかにある眼差しにこそ。
あらためて胸に響いた。