森へ。
上へ上へと昇ってゆくと突然ぽっかりとひらけた場所に出て、そこに遙かな時代からその森の“あるじ”として聳えていた、おおきなシラカシの樹がある。
幼いころにはじめて仰いだときと変わらない姿で。
その場所に辿りつくための道がいくつかあって、そのために星が回転するように森をぐるぐると巡るのはまるで巡礼みたいだ、と感じる。
今日はいにしえの歌にまつわる植物が繁る道から。
古代の遺跡が土の下に眠っている森なので、ふるい記憶を根に宿した花が咲き、実を落とし、また土に還り夢をみる。
*
我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく實にならじかも
ぬばたまの夜渡る月をおもしろみわがをる袖に露ぞ置きにける
もののふの八十おとめ等が汲み乱ふ寺井の上の堅香子の花
*
今日はこの三首が目のなかに残った。
それぞれネムノキ、ヒオウギ、カタクリのそばに記されていた万葉歌。
初夏くらいから万葉歌への想いが時を経て再熱して、岩松空一さんの『やまとことば』にすこしずつ触れているのだけど、あの古代と親しむ植物たちの道にある木のベンチで本書を読めたら素敵かもしれない、と考えて、それだけで気持ちが満たされた。
今度そうしてみる。
あたたかい飲み物でも持って。