2025/12/01










 鈴に呼ばれて辿りついた場所。


 子守唄を歌った。月と海の子どもたちのために。








蛹と卵










 ほんとうによくできていることだと、感心する。


 いろいろなことが。もうあまりそういうことで驚かなくなってきているけれど、感激はしてしまう。


「それでいいんだよ」の合図をまた、受けとった。





12月、アメノウズメノミコト







 Luna Somniumの12月の女神はアメノウズメノミコトです。


 Luna Somniumでは毎月、その月にとくに必要なエネルギーを宿す女神を許可を得ておひとりさだめ、その「月の女神」とし、つながりを深め、セッションを受けられるかたに施術いたしますエネルギーにもすべて、対面、遠隔問わずその女神のエネルギーが副次的にふくまれる、ということをしています。


 この12月はアメノウズメノミコトとのつながりを深め、施術にもこの女神のエネルギーが副次的にふくまれます。


 梶田半古『天宇受売命』


 11月の終わりの旅のなかで、アメノウズメノミコトとの深いつながりが自分のなかで回帰され、来月はアメノウズメノミコトだと自然に感じ、受けとりました。


 アメノウズメノミコトは「扉開き」の女神です。


 閉ざされた岩戸のまえで、それを“開く”ための方法を教えてくれる女神。


 扉を“開く”には、どうすればそれを開くことができるのか、ということにフォーカスするよりも、自分が軽やかであること、日常のなかに笑いを生みだすスペースをもつこと、深刻になるのではなく自分が楽しむ方向むくこと。


 “楽観”とは楽しみを観ると書きますね。


 また、楽な観方ともいえるかもしれません。


 楽=楽しむ。


 自分がいかに“楽”になれるか、ということはとても大切で、「大変なほうに価値がある」「楽するのは狡いことだ、怠けている」というのはこれまで押しつけられてきた、そして自分でも信じてきた固定観念からくる幻であるといえるかもしれません。


 “楽”は狡さでもなければ、大変なことが尊いわけでもないのです。


 どんどん自分を楽にしていきましょう。


 楽しいことを人生に摂り入れていきましょう。


 それが“スペース”です。


 そして自分を楽にしてあげられること、“スペース”をもつことは、自己愛の領域でもあります。


 アメノウズメノミコトは扉開きの女神。


 それはそれぞれの闇を照らしてくれる女神でもあるということです。


 見つめられた闇は昇華し、固く閉ざされた“扉”は、それによって“開く”――つまりは“愛”によって。








 【対面セッションを、土日祝日ご希望でご予定くださるかたへ。】


 今月もすでに土日祝日のスケジュールがあらかた埋まっております。現時点で確実にご予約お受けできます日は、21日(日)、27日(土)となっております。(追記。27日(土)ご予約埋まりました⋆)


 1年以内にセッションをお受けくださったかたにかぎり、14日(日)も時間帯によりましては対応可能にしておりますが、お受けできない場合もありますこと、あらかじめご了承くださいませ⋆


 平日でありましたら、ご希望日を第3希望くらいまでお知らせくだされば枠を設けることが可能だと思います。ご相談ください。(ご希望の曜日など、ひろくお知らせくださるほうが、枠をご用意しやすいかもしれません。)


 遠隔セッションは夜でありましたら、ほかのご予約と重ならない場合にかぎり、なるべくご希望の日に添えるようにしております。日中ご希望の場合は要相談としておりますので、まずはご一報ください。




 12月、これからの予定   



  12月30日(火・夜)* 今月のセッション(対面・遠隔)をお受けくださったかたへ、30分間のアメノウズメノミコトの一斉遠隔ヒーリング

 【該当されるかたには当日、個別にご連絡差しあげます。】







 それではどなたさまもよきひと月をお過ごしになりますように。


 あなたがいつもあなたでありますように。





マグダラのマリアの一斉遠隔ヒーリングのご報告






 11月にLuna Somniumのセッションをお受けになられたかたへのマグダラのマリアの一斉遠隔ヒーリング、無事に終了しております。


 今回もっとも強くつたえられていたのは、“家族関係”にまつわることでした。


 現在の状況に深く影響をあたえているそれ。というふうにメッセージがあらわれており、そこから受け継がれている固定観念などあるようです。


 人は自分で思ってもいないくらい両親の思考を受け継いでいて、それは家系の思考ということもできます。


 両親との縁がどのようなものだったか、たとえば覚えていないくらい幼いくらいに別離していても、いまその縁が希薄になっていたとしても、それには関わらず、その影響というものは強く、自分自身の人生に影響をあたえています。


 そしてもちろん、そのコミュニティにおける関係性も。


 固く閉ざされた扉を開いてゆくときです。


 そしてそのために“変容”の魔法が必要であるならば、それが必要な領域にそれを許してゆく、受けとってゆく時機でもあるのです。


 人は“未来”のことを怖れ、希望を託します。しかし“過去”が完了していなければ、その完了していない過去が追いかけてきて、過去とおなじ構図を、ときには膨張して、目のまえの状況や関係をとおして見せてくれます。


 ときにそれは体調不調としてあらわれることもあります。それはそれだけ、感情的にも物理的にも、無理を封じてきたことのあらわれでもあるのです。


 痛みがあるからその傷に気づくことができるように、自分のなかの“反応”はすべて、内に対するものも外に対するものも、自分自身からのメッセージです。


 そのようにしてあらわれる、関係も状況も感情も体調も、すべては“気づいて”ほしくてもたらされるもの。“完了”するにはまず、それに気づく必要があり、そして“気づき”は固定観念を解いてゆくものです。


 固定されている思考こそ、“ゆるむ”ことを妨げているもの。


 “苦しい”と思うとき、わたしたちは自分のなかにスペースがなく(それは「余裕がなく」「余白がなく」ともいいかえることができます)、それはつまり“ゆるめない”ということです。


 今回はこれらの領域にヒーリングがなされたようでした。


 以上となります。


 11月も大変お世話になりました。どなたさまもよき12月を。


 あなたがいつもあなたでありますように。