2026/07/16
新盆
言葉にしておこうと思いつつ、すっかり遅くなってしまいましたが、13日から「新盆」に入っていて、本日16日はその最終日である「送り火」の日です。
もともとわたしは「お盆」という行事について、
子どものころの夏休みに親の実家に帰省し、そこで体験した古くからの習わし以上のものは意識しないできましたが、
ここ数年夏がくるたびに、日本という国の風土と日本人という系統は、自分たちが思っている以上にこの「新盆」、そして「旧盆」に影響を受けているのではないかと感じるようになりました。
少なくともわたしには知らずにとても影響をもたらしていたので、
だから夏という季節をいつも憂鬱に思っていたことも、それと関係していたのだということをいまは理解しています。
「お盆に先祖が還ってくる」というのは迷信ではなくて、
自分のDNAのなか、血のなかに受け継がれているもので「昇華されていないもの」が炙りだされやすいとき、
それはいいかたを変えれば「自分」をとおして肉体や感情にあらわれる「家」という器の状態を受けとりやすい時期といえるのだと思います。
敏感なかたは不調を感じることも多い時期かもしれませんけれども、
それが「暑さ」のためなのか、自分のからだのなかで燃えているマグマみたいな「火」のためなのか、あるいはそのどちらもを要因としているのかは人によって異なるのでしょうが、
わたしはこの時期、家にいるときはなるべく火を灯して炎を見つめる時間、
香を焚いて煙が宙にあがっていくのを眺める時間を自分自身のためにとっています。
お盆には「迎え火」と「送り火」がありますが、なぜ火で迎え送るのかといえば、
神聖な火にはくすぶって黒くなった炎や、噴出して制御できなくなったそれを鎮静、鎮魂してくれる力があるからということが、ひとつにはあるのではないかと感じます。
火をおこすことで、自分と自分の空間にある重さを燃やして浄める。
煙をくゆらせることで、自分と自分の空間を軽くするために天へおかえしする。
新盆は太陽が蟹座の季節にあり、蟹座のテーマのひとつに「家」があります。
今年は新盆のあいだに新月も起きるよう配置されていた暦であったので(この新月は蟹座の新月です)、よりこの「お盆」と「家」というものから浮かびあがるものを、それぞれに経験しているのかもしれません。
それを自分が意識しているか、していないか、気づいているか、いないかの違いがあるだけで。
そのような話に興味がない、というかたも、今夜は火を灯してその炎を見つめる時間をつくられてはいかがでしょうか*
できれば自身に感謝できることを、その火を見つめながら自分につたえてあげるといいと思います。
自分自身へそれをつたえることは、みずからの背後に連なる土台、器――「家」へそれを捧げることとおなじ意味をもつことでもありますから。