2026/10/15

海渡りで“さかのぼる”










 秋に旅すると受けとっていたみっつの場所。


 熊野、出雲、宮島。


 ほんとうは、出雲宮島は今年の春ごろに旅することを予定していたのだけど、去年の終わりに生じ、必要でもあったアクシデントのため中止となり、


 そういうときはストップがかかっている、「いまではない」と知らせてくれているだけだから、来るべきときが来たらそうとわかるように教えてくれるのだろうと納め、そのことは忘れていた。


 すると今年の初夏、また突如として計画が持ちあがり、秋に出雲宮島へ旅することとなった。


 そう決まったあとで、それからすぐに、出雲宮島よりさきに熊野にむかうことになり、「だから一度中止になったのだな」という答えを受けとった。


 出雲宮島のまえに熊野にむかう必要があり、熊野に旅するためには秋まで待たなければいけなかったのだろうと。


 その期間に熊野という土地に入るための“器”の準備が、自分自身からもとめられていたのだろうことを理解した。


 このみっつの土地への旅は、去年の諏訪からの流れを汲むもので、「再生」「生まれ変わり」をテーマとしているとのことだった。


 それぞれの場所が、それぞれの方向、角度、エネルギーによって、わたしの細胞、DNA、記憶に働きかけ、「生きながら生まれ変わる」ために、纏っていた“殻”を、たまごみたいにこつんと割ってみせてくれた。


 このような“殻”をこれまで幾度も割りながら、この“現在”に到達しているわけだけれど、


 宮島は島全体が冥王星のエネルギーに満ちた場所で、まさに破壊と再生、「生まれ変わり」を暗示する場所だった。


 この秋、熊野、出雲、とつづいた旅の最後だった宮島。


 熊野で“よみがえり”
 出雲で“おもいだし”
 宮島で“うまれかわる”


 破壊と再生というと怖いことのように感じられるかもしれないけれど、それは自分を重たくさせている、古くなっているものを手放す、ということ。


 きちんと閉じて、終わらせてあげるから、あらたな始まり(再生)を迎えられる。


 そして古くなったから脱いだ“殻”は水で清め、火で浄め、昇華させて、あとに残った知恵をエッセンスとすること。


 宮島で最後に訪れた大聖院で鐘をついたとき、ふと去年の冬と春の2度に渡った諏訪の旅の、雪と桜のはざまで足を運んだ片瀬諏訪神社で引いたおみくじに、


 「響きわたる 幸運の鐘の音」と記されてあったことを想いだした。


 鈴ではなく鐘なのねと、そのときおみくじを眺めながら思い、それからなんとなくで鐘を意識してきたけれど、その音を聴く機会はなかった(あったとしても、わたしの意識に入ってこなければ、それは“ない”ということ)


 そして、つぎに「鐘の音」を聴くとき、それは特別な前触れだろうと、直感としかいいようのない気持ちで思っていた。


 出雲のまえに立ち寄った倉敷で、観龍寺というお寺に迷い込んだとき、鐘楼から響く鐘の音を聴いた。


 3回つづけてうたれたその音を耳にしたときも、わたしは「響きわたる 幸運の鐘の音」というあの言葉を想いだしていた。


 おそらくあれが、おみくじを引いて“鐘”というものを意識するようになってから、はじめて聴いた鐘の音だった。


 そこにわたしが宮島でついた鐘を加えて、よっつ。


 この旅で4回ひびいた音。それは諏訪、熊野、出雲、そして宮島というよっつの場所にむかって放たれた音だと思った。


 数霊4、
 蝶の器の翅の数。
 よっつの巡り。
 その締めくくり。


 この秋、前編と後編にわけた旅は、どちらも最後を船上で迎えた。


 沖を眺めながら感じた気持ちをすぐに言葉であらわすことはできないけれど、わたしにとってそれは示唆的なことだった。


 海渡りの儀式。

 無事に越えたさきのお祝い。


 折しも明日から、約5か月に渡って逆行していた冥王星が順行に戻るとのこと。


 わたしの秋のこの一連の旅も、そんな“さかのぼり”の旅だった。








2026/10/14

安芸の宮島







 安芸の宮島、朱色の回廊。





 宮島の奥地で出逢ったクスノキは、たしかな根を張り巡らせ、大地との豊かな循環をなしてきたことがひと目でわかる立派な巨樹で、


 窪みに腰かけ背を預けて、全身の力を抜いて委ねても受けとめてくれる揺るがなさに、安心して目を閉じると、そのまま眠ってしまいそうだった。


 ずっとそうしていたかった。





 そして、宮島でもまた鹿たちと。


 鹿とは縁があって、気がつけば節目ごとにその姿を見ている。


 神聖な生き物。


 写真の一枚には虹のクロスが映りこんでいた。




 “鹿の国”









2026/10/12

出雲(3)縁







 出雲大社にむかうまえに、稲佐の浜から。


 「神々の玄関口」といわれている場所とのことで、この砂浜でいただいた砂を出雲大社の素鵞社に奉納し、社殿下の清めの砂と交換していただいてくる「お砂とり」をすること、


 出雲大社の近くにある真名井の清水にむかうこと、


 以外はほとんどなにも決めず、調べないでむかったけれど、


 思いがけず御祈祷を受けることになり、巫女舞を鑑賞し、拝殿の裏側にある八足門のなかに入る、という当日の流れ。


 真名井の清水はミズハノメによって守られている場所だった。


 そこからふたたび出雲大社へ引き返すとき、ふと右の細い脇道に逸れたさきに神社があることに気づき、意識するよりまえに足はそちらに踏みだしていて、


 それが命主社だった。


 わたしが辿りついたとき、まばらに見えた人影も、すぐに姿が消え、あとには静寂が満ちていた。


 境内にある巨樹から、巨岩から、その空間全体から、すごくおおきな力の源があふれているのを感じた。


 その巨樹はムクノキで樹齢も1000年を越えているとのこと。


 樹が、岩が、空間が、その意志を風に宿らせて語りかけてくる。


 それを「受けとった」と感じたとき、ずっとこのままそこにいたいような、ずっとまえからそこにいたような、不思議な交信がわたしの“外”にあるものと、わたし自身の“内”で生まれ、


 その“回路”が充分に深くつながったとき、外からの喧騒が戻ってくる、現実に帰ってくる。


 静寂に波紋がひろがる。


 そして、「ずっとこのままここにいたい」という気持ちから覚め、けれどもわたしの一部を夢の名残みたいにそこに置いてくる。


 そのようにして“つながる”ことのできるものや場所や人が、“縁”でつながっている、深い“つながり”をもっているということ。


 出雲大社をあとにして、ふたたび稲佐の浜のほうへとむかい、海辺に出たとき、空と海は美しい神秘的な光とともに迎えてくれた。


 その景色に車窓から出逢ったこと。


 出雲はとても懐かしい場所だった。はじめて訪れるのに、いつも心のどこかにはその場所のための空白があったような。


 おそらくまた訪れるのではないかと思う。


 「行かなければいけない」とずっと感じてきた場所が出雲にはあり、そしてその「行かなければいけない」は今回ではなかった。


 今回は顔見せ、ご挨拶、その土地との“つながり”を“想いだす”ためにうかがったのだろうと。


 自分が意識しているもの、意識できるもの、していないもの、できないもの、すべてふくめて。


 自身にとってとても大切な場所のひとつなのだろうことは、あらためて理解した。