いつか、少女という生き物について「空を飛ぶことを祈りながら背中に羽がある自身を疑い、反世界に出奔しようとするのが少女。」と綴ったことがある。
当時の言葉にしたがうなら“少女”――いつもその肩越しに“空”を感じるひとから、双子の薔薇のかたわれをいただいた。
彼女が手ずからおつくりになられたもの。
ちなみに「夢を見ることを願って心臓に翅がある自身を信じ、世界を空想しようとするのが乙女。」
少女と乙女はずっとわたしのおおきなテーマのひとつだけど、最近またあらためてそれを意識することがつづいていて、これはどういうことだろうと観測している。
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少女は拒絶する、乙女は受容する。
世界を、時間を、他者を、そしておそらく自分自身を。
自分を縛る何者かに首を横に振り、
ときにはおのれの美しささえも拒み背け、
空を飛ぶことだけを祈り、
その背中に羽がある自身を疑い、
反世界に出奔しようとするのが少女。
自分が愛す何者かに首を縦に振り、
ときにはおのれの穢なささえも迎え入れ、
夢を見ることだけを願い、
その心臓に翅がある自身を信じ、
世界を空想しようとするのが乙女。
少女は高潔で勇敢。乙女は慈悲と夢。
(大昔のアリス・リデルの誕生日に記した言葉から。――そのころのわたしにとって“少女”はアリス・リデル、“乙女”はクシー・キッチンでした。)
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『月の片翅』
©Yume tsukino
©yukane