2024/09/19

人魚が教えてくれた歌






 夏が盛りを迎えるまえの日、朝から曇天で、でも不思議と目的地に着くころには熟した白い果実のような太陽が陽をさした日、ある彼女と海へと繰り出し、岩場に腰かけながら教えてもらった歌を、この夏、折に触れてよく唄ってた。


 名月の日も、月にむかってあの歌を唄った。十五夜はとくべつな日だから。


 あの日、海と太陽にむかって唄ったとき、おひさまは白く発光した真珠みたいに輝き、それを中心として雲が薄紅色に染まり、それが花びらのようにひろがって、空に大輪の花が咲くのを見た。


 チーズケーキ(「レーズンが入ってる! 大丈夫?」と彼女が目をまるくしていたことを想いだす)とボウルに入ったあたたかいカフェオレをいただいたあと、ふたたび日没の海で砂浜の砂が靴のなかに入るのに笑いあいながら、今度はその歌を月にむかって唄った。


 水面に月あかりが反射するさまは、光る鱗のようだった。


 そこにマーメイドでも潜んでいたのかもしれない。


 彼女のことをはじめて逢ったときから人魚のようなひとだと思ってきたから、それは彼女の仲間だったのかもしれない。


 人魚は月の一族。


 十五夜に唄った歌は、その日の記憶とつながっている。


 名月の日、お月見をしていたら、真夜中をとうに過ぎてしまった。


 はじめは白い錠剤のようだった月が、次第に金色の光を帯びて、纏う空気に紗がかかり黄金の稲穂色に変化してゆくのがうつくしかった。


 月にむかって唄うたび、薄く纏う布が剥がれ、本来の色に近づいてゆく光の黄金を見つめながら思ったことは、あの日太陽を眺めながら感じた気持ちとおなじものだった。