2026/02/07

プロフィール










 3月に小平の草舟あんとす号さんで開催する展示、『片翅の泉』にさいしてプロフィールを出すことになり、


「自分のこと」を“外”にむけて語ることに対するごく幼いころからの苦手意識から「プロフィール」「自己紹介」というものをなるべく避けられるなら避けてきたいままでだったけれど、


 けれども今回、「プロフィール」について真剣に考えてみて、「なにを書きたい?」と自分に問いかけてみた。すると。





 指先から浮かびあがる言葉を文字に記してあらわすことで、この目で見てきたことやものを再構築し、自分と世界との関係を幾度も結びなおしてきました。

 「書く」ことによって、そして「読む」ことによって密やかに解かれ、奥深くに語りかけてくる言葉には、そのような結びなおしがあると思っていますし、普遍的な原風景を宿しています。

 その原風景と、自身の言葉とのつながりを深めてゆくことを願っています。





 と出てきて、「それにしよう」と思った。


 むかし、「あなたの言葉は原風景で幻風景なの」といってくれたひとがいて、このようにプロフィールを書いたあとでそのことを想いだしていた。


 ときに言葉は放たれた角度や温度のままで相手にはつたわらず、いま思うとどこかで、その力を「怖い」と思ってきた。


 その力における影響をもちたくないと。


 それを引き受けることは、そこに責任がともなうからだ。


 すべてのひとに放ったままの角度や温度でつたわる言葉はない。でも、そこにどのようなエネルギーをこめるかは、自分だけが選択できる。


 それとおなじように、放たれたものを相手がどのような角度や温度で受けとるのかも、相手の選んだものであるのだということ。


 わたしは“原風景”にむかって言葉を紡いでいきたい。


 自分の意志でそう思えるようになった。ようやく、といってもいいのかもしれない。



 (2026.1.30記)