2022/06/05

ずっと願っていたこと


 たとえば人間が「幸せになりたい」というとき、穏やかな安らぎや、大切なひとたちと過ごす時間のことを思い浮かべる。それを願ったなら、そのような日々をおくりたいというあらわれだとして、でも神は、「幸せ」は魂の成長のなかにあるのだとうながしてくる。そしてその成長する場をあたえることこそが愛なのだと。その愛は人間の目から見れば試練や不運にしか感じられないこともある。そしてさまざまな経験を得て、わたしに起きたことは不運ではなく、愛だったのだといまわたしは感じられる。それがすべて必要であったこと、それがなにかの返済のためにあったこと、その返済をすることをわたしが意識していないわたしが、ずっと願っていたこと。